断片日記

断片と告知

「I♥湯」:倉敷滞在3日目その3

8月11日。倉敷滞在3日目その3
昼飯を食って、港で海を見て、足元で揺れるミルククラウンのような海月を見て、港の警備の人に海に落ちないようにと注意されて、正面に見える三角の島の名前が知りたくて聞きはぐって、その向こうに二往復した瀬戸大橋が見えて、ということは電車からも直島が見えていたのか、とぼんやり考えているうちに2時になる。直島銭湯「I♥湯」の開店時間だ。
開店とほぼ同時に駆け付けたが、すでに長い列が出来ている。列の先頭には券売機があり、男湯女湯各27名までしか入れません、と係りの人が叫んでいる。列を見ればどう見ても女が多く、どう見ても27名以上いる。待つのは嫌だが仕方がない。男湯はいいねすぐに入れて、と王子に八つ当たりしながら列に並ぶ。列が出来ている、なかなか前に進まない、理由は、券売機を見て判明する。入浴券500円だけじゃなく、「I♥湯」グッズすべての券をこの券売機で一枚ずつ買うのだ。お土産にタオル300円を何十枚も買う人、Tシャツ3000円を買う人、そして入浴だけの人、をひとつの券売機に並ばせるのには無理がないか。
グッズだけ買って帰る人が予想以上に多く、すんなりと女湯に入れる。左右に下足箱、正面にフロント、右手に女湯の暖簾が下がる。フロントに下足札を預けると、脱衣所のロッカーの鍵を代わりに渡される。暖簾をくぐるとさらに引き戸もあり、その向こうに脱衣所がある。正面にロッカーが27個。籐製の脱衣籠もいくつか。ロッカーの上の壁には象の写真やポストカードのコラージュが額装されている。右手に洗面所。洗面台は海月や軟体生物のようなものが青い色で真っ白い陶器に描かれている。便所の便座もこれと同じ。左手に洗い場の入り口のガラス戸がある。
右手の壁、左手の壁にカランが4つずつ。カランと言っても銭湯によくあるような赤い玉と青い玉を押すやつではなく、最近の家の風呂にあるような、温度調節ができシャワーと一体型のもの。そのカランの下、排水の溝の上に、文字入りのタイルが貼られている。位置が低いので湯船につからないとよく見えない。が、人の足の間に、神代、などと描かれた意味があるのかないのか解らない文字を見るのはなかなか楽しい。
奥の壁から突き出すように、洗い場の真ん中に、長方形の湯船が伸びている。湯船の床には、春画とピンナップのコラージュが貼られている。男湯と女湯は入れ替わるらしく、いまは女湯のほうがどきついで、と昼飯を食べたところで教えてもらったが、揺れてぼやけた湯の底では、そのどぎつさがイマイチよくわからない。湯の温度はぬるめ。なのでゆっくりと長時間つかることができる。
湯に入りながら見上げると、男湯と女湯の仕切りの壁の上には大きな象が乗っている。正面の壁には、真っ白いタイルの上に大蛸と海女さんが描かれ、その下はガラス張りで観葉植物の鉢が並ぶ温室になっている。天井も透明のガラス張りだが、色とりどりのペンキが飛び散っている。夜になると反射して洗い場が見えてしまうからペンキで塗りつぶしたと、少し前、「I♥湯」制作のドキュメンタリー番組で見た気がする。洗い場の入り口横の壁には細かいタイルで蓮が描かれている。
こう書いていると、洗い場の中はずいぶん派手に思えるが、それ以外の部分は真っ白いタイルで覆われ、清潔で落ち着いた雰囲気。だけど楽しい。湯につかっているだけで気分が踊る。極楽、という言葉が頭に浮かぶ。
考えてみれば、グッズを買う人、入浴する人が同じ券売機で並ばされるのも、勝手に入場制限が働き、いつでも適度に湯が空いている、という利点もある。しかし、島の人が普通に利用しようという気にはなれないだろう。夏休みの混む期間は特に。島に銭湯があったのは50年前くらいまで、と昼飯を食べながら教えてもらった。なのでいま島には銭湯に行けなくて困る家もないのだろう。「I♥湯」が建つ前は、あの場所はただの駐車場だった、とも教えてくれた。