断片日記

断片と告知

みぎひだり

雑司が谷から副都心線に乗り渋谷へ。改札を出ず、いくつかの階段をのぼり、田園都市線のホームへ。用賀まで行く。用賀駅から、瓦でできた遊歩道を歩く。大きな道路にぶつかり、越えれば砧公園がある。トラックが走る大きな道路、目の端に入る高速の高架、それらを避けて、砧公園の中の遊歩道を歩き、世田谷美術館に向かう。
世田谷美術館で「橋本平八と北園克衛」展を見る。木彫りの兄・橋本平八、詩とデザインの弟・北園克衛
入るとすぐ、兄の木彫りの彫刻が並んでいる。壁には、彫る前に何枚も描く、という下絵が飾られている。下絵の少女は化け物のような顔なのに、彫られた少女の顔がかわいらしいのが可笑しい。のっぺりと表情のない顔をした女の、帯で押し上げられたわずかな胸のふくらみが、堅い木の中に見てとれるのが怖い。墨で描いた弟の肖像画は、煙草を持つ手が、目の回りと唇の赤みが、他に描いたどの女よりも色っぽい。自然石を模して彫られた小さな木像が面白い。
東京に住む弟の生活を支援し続けた兄、三重に住む兄の作品を東京で発表し売り続けた弟。往復書簡。ふたりが目指した、純粋。
兄の展示が終わると、弟の展示がはじまる。ガラスケースの中に、弟のデザインした、チラシ、冊子、詩集、が並ぶ。しばらく前に、萱場町の森岡書店で開催されていた「山口信博の北園克衛コレクション」展は、展示されていた北園の本を、実際手に取り触ることができた。なので、いまここで見ている作品の、重さや質感をわたしは知っている。そう考えながら眺めることの楽しさ。一色か二色の抑えた色数と、余白の美しさ。美しく作られたものを見ることの、脳みその気持ち良さ。
この展示の図録は、右開きから見ると縦書きの橋本平八の解説、左開きから見ると横書きの北園の解説、なので奥付が真ん中にくる、という凝った造り。縦書き、横書き、が違和感なく1冊に収まっているこの図録が、展示よりも何よりも、この兄弟の関係を一番よく表している。そう思う。一冊2200円。
お金をおろす、本屋で自分が挿画を描いた本を探す、商店街を見て歩く。そうして時間をつぶし、4時の開店に合わせ、用賀の銭湯「栄湯」に行く。高い煙突、唐破風造り、懸魚の模様の美しい、大きな銭湯。傘入れのある広めの入り口、上がると左手と正面に下足入れ、右手にフロントとロビーがある。ロビーには、ソファ、テーブル、テレビ、飲料水の冷蔵庫、があり広い。フロント右手に女湯の入り口。
脱衣所の天井は格天井だが、梁だけ木で天板は違う素材に見える。島ロッカーが真ん中にひとつ、壁沿いにいくつか。脱衣所の隅にサンルームのような空間があり、そこに面して細長い庭がある。庭には植物も池もなく、やけに細長い木の腰掛がひとつ置かれている。
洗い場には、島カランが2列。白く塗られた高い天井。正面の壁には、タイルを細かくして貼ったモザイク画の、夕焼けに染まる海の絵が、どーんと男湯まで続いている。男湯と女湯の仕切りの壁の上から、椰子の木の陰が黒く2本伸びている。モザイク画の下には湯船。右から、小さく深い薬風呂、真ん中から湯が溢れる仕掛けのある大きく浅い風呂、小さく深い泡風呂、に分かれている。ぬるいからか、効能を期待してか、小さな薬風呂が一番混んでいる。1畳くらいの風呂に、見るといつでも2〜3人つかっている。真似をしてわたしもつかる。他の湯よりも、汗が良く出るような気がする。湯は茶色く、漢方薬のような匂いがする。大塚の銭湯「大塚記念湯」の薬風呂と同じ匂いだ、と思う。
田園都市線に乗り、渋谷まで戻る。渋谷から、気になる店を見て回り、原宿、新宿、雑司が谷と、明治通りを歩いて帰る。途中の高田馬場で、友人宅をピンポンダッシュして逃げる。

栄湯
(銭湯マップ番号 36)
薬湯が好評です
東京都世田谷区用賀4−31−3
03-3700-8102
営業時間 16:00〜23:30
定休日 月曜
栄湯