断片日記

断片と告知

上田六文銭の旅その1

10時過ぎの新幹線で、上野を出る。荒川を越え、高崎までの平らな地面を、新幹線が走る。平らの地面の向こうに、遠く薄く見えていた山が、トンネルをいくつか抜け、近く濃くなり、上田に着く。駅前は、整備されたきれいなロータリー。マクドナルド、ローソン、ドトール、笑笑、庄や、の看板。ビルの後ろに山がせまっていなければ、東京の少し郊外の景色とたいして変わらない。ロータリーの中の公園の大きな水車、あちこちに見られる図案化された六文銭、バス停の屋根からさがるゲーム「戦国BASARA」の真田幸村の垂れ幕、映画「サマーウォーズ」の垂れ幕が、今の上田の売り、なのか。
昼飯は、駅前すぐのビルの地下の蕎麦屋に入る。焼酎の蕎麦湯割りを頼もうとしたが、まだ蕎麦湯が薄くて、と断わられ、生ビールと、もり蕎麦大盛り、を頼む。出てきた大盛りは本当に大盛りで、新幹線の中でカツサンドを食べたことを悔やむ。ビールで流し込むようにして完食し、もったいないのでまだ薄い蕎麦湯もすする。上田の蕎麦は美味い、が、量が多い、を身をもって知る。
駅前の観光地図で見た上田城を目指し、上田の町を歩く。わざとらしい土産物屋もなく、普通の公園のように、上田城が現われる。城といえば山の上だとばかり思っていたが、ここは町から地続きに城がある。城の中の真田神社にお参りし、お濠沿いの遊歩道を一周する。のんびりとした道が気持ちがいい。城から出てまた町を歩く。古い街並みが残る旧北国街道、柳町、近くの銭湯「柳乃湯」、古本屋、新刊書店がいくつか、銭湯「竹の湯」を見ながら、駅前まで戻る。駅を越えて千曲川も見に行く。反対側のロータリーを超えてすぐ。土手があり、大きな千曲川が横たわる。土手を降りて河原に近づく。いままで大きく聞こえていた川音が、一瞬、途絶える。立ち止まり周りを見る。道路側の高い土手と、川のすぐそばの小さい土手にはさまれた、この一段低い場所は、すぐ近くの川音さえしない。不思議な静寂がおとずれる。千曲川は急に深くて、水に入って遊べるような岩場もない。向こう岸の河原に大量のススキの穂がゆれ、右手の赤い鉄橋を2両の電車が走っている。
Kさんの家の前で、古書往来座の瀬戸さんと、雑誌「HB」を編集している橋本くんと落ち合う。ふたりは往来座の車、往来座号、に乗って、橋本くんの大学時代からの友人・Kさんの家に、本の買取に来たのだ。わたしはそれに、面白そうだと便乗し、新幹線でついてきたのだ。はじめて会うKさんに挨拶。写真や文章で知っていたからか、初対面という気がしない。さっそくKさんの家を案内してもらう。Kさんの家は、上田の街道沿いに建つ旧家だ。街道に面して、お蔵が並び、古い格子の窓が並んでいる。お蔵のひとつを見せてもらう。古い木の階段をのぼる。暗さに慣れて、小さな窓から入る光でお蔵の2階が見渡せる。中に詰まっていたものは物凄い数の、何かの部品、何かの鋳型、何かの工業用具。その上に、いつからかわからないほどの、大量の埃が積る。街中でお蔵を見ると、中には書画骨董が桐の箱に収まりきれいに並んでいるのだな、と思っていたが、実際のお蔵は、その家の代々の人たちの、とりあえず使わなくなったものを雑然と入れておく場所、だった。こんなお蔵がKさんの家には7つある。生まれてから一度も開けたことがないお蔵もある、とKさんは言う。Kさんの口から出る昔は、100年前だったり、400年前だったり、する。
お蔵の1階を改造した部屋でお茶をいただき、休憩したあと、この部屋で本の査定をする。ダンボール箱に入れられた本をKさんとわたしが出し、瀬戸さんがランク別に分け、橋本くんがまたランク別にダンボール箱に仕舞う。Kさんが大学生のころ読んでいた本が中心で、同じ頃に大学生をしていた橋本くんが、本を見ていちいち反応している。Kさん自身が書いた文章の載る本も、すかっと気持ちよく売ってしまう。それにまたいちいち橋本くんが反応し、なんでですかなんでですか、とふてくされている。休憩をはさみながら作業して3〜4時間経ったか、車にダンボール箱を詰め込む頃には、外はすでに真っ暗だった。Kさんのお母さんにリンゴを一箱いただく。Kさんに本棚をひとついただく。瀬戸さんに無理を言って往来座号に積んでもらう。Kさんの家の誰かが昔使っていた本棚を、今度はわたしが大事に使う。
駅前のホテルに荷物を置き、4人で上田の夜を、飲み屋を探しながら歩く。目ぼしい飲み屋は日曜日だから休み。それでもなんとか1軒の飲み屋に上がりこみ、2階の座敷に落ち着く。我慢していた生ビールが美味い。鶏鍋を食べ、馬刺しの盛り合わせを食べ、酒を飲みながらいろいろ話す。旧家に生まれたことの苦労。残して欲しいとただ言うのは簡単だけれど、そこで日々生活していくことの大変さ。
飲み屋を出て、夜の千曲川を見に行く。川のそばの土手に寝転がり空を見る。満月に、見たこともない大きさの暈が出ている。