断片日記

断片と告知

川嶋湯

仕事終わりの王子を誘い、北赤羽の銭湯「川嶋湯」へ行く。はじめて降りる駅から、川を越え、団地を横に見、日の落ちた住宅地の空に煙突を見つける。「川嶋湯」の前の道に、白黒の猫が1匹寝ているのを見る。
瓦屋根の唐破風、木製の懸魚、のある大きく古い立派な銭湯。暖簾をくぐると、両脇に下足箱、正面に入り口がある。入り口は改装されているが、正面の壁に宝船のタイル絵が残っている。下足箱の札の数字が、向かって右が青、左が赤、で書かれているのに気づく。いまはフロントとロビーになっているが、男湯と女湯の入り口が番台で別れていたころの名残が見える。フロントには女将さんと猫が1匹。猫のいる銭湯にははじめて来た。
フロント向かって左が女湯。立派な格天井。天井や壁や窓枠は古いが、きちんと手入れがされていて美しい。島ロッカーが真ん中にひとつ。なぜか洗い場の入り口に体重計が固まって4つ。一番古い体重計は目盛りが7キロのところで止まったまま、体を乗せても動かない。
洗い場。正面の壁にはどこかの山脈のペンキ絵。真ん中の仕切りの壁の上に、男湯のペンキ絵、富士山が見える。ペンキ絵の下の壁には豪華なタイル絵。海の生物、イソギンチャク、とびうお、イカ、秋刀魚、など普段あまり見ない図が珍しくて楽しい。仕切りの壁にも、タイル絵が3種類。桃太郎、富士と帆掛け舟、ともうひとつあったが絵柄を忘れた。どちらのタイル絵にも、九谷、鈴英堂、の文字が見える。湯船は、深くて小さいのと、浅くて広いのの2種類。広い湯船にはジェットがいくつかと、寝風呂がついている。島カランが真ん中に一列。壁と島カランの間が広いので、後ろの人を気にせず湯をかぶれるのがうれしい。変わっているのは、窓際の壁。普通ならばカランが並ぶところが、シャワーもカランも取り外され、ただの段になっている。腰掛にも植物の鉢置きにもなるが、カランを減らした理由を考えると寂しい。
風呂から上がると、先に上がった王子が、ロビーの椅子に腰掛け、フロントの女将さんにもらったという煎餅をかじり、缶ビールを飲んでいる。わけてもらった煎餅をかじるわたしに、そこの椅子に座ると猫が膝の上に乗ってくるわよ、と女将さんが言う。フロント前の低い椅子に体を預けると、ためらいもなく、猫が膝の上に乗ってくる。首を撫でてやると、体を丸め、膝の間に沈んでいく。名前はプースケ。ほかに白黒の猫・パンダ、ともう1匹猫がいる。
洗い場の戸を開けて、勝手に入っていくのよ。下に流れている水を飲むのが好きみたい。でも汚いでしょ。だから常連さんが桶に水をくんでくれるんだけど、そっちは飲まないの。流れているのが好きみたい。ここは昭和36年の創業。改装してから今年でちょうど10年目。ペンキ絵は、中島さん。銭湯の数が減っちゃって、中島さんも大変みたい。川嶋湯って名前は川崎と、ほかの町にもいくつか。親戚じゃなくて兄弟なの。こないだの地震で煙突がこわれちゃって。ぼろぼろと崩れてくるのよ。
銭湯で猫を見るのもはじめてなら、洗い場の中まで歩き回る猫をはじめて見た。ジーパンについた猫の毛を、どこからか出してきたコロコロで、女将さんが取ってくれる。来る前よりもきれいになりましたね、と見ている王子が笑いながら言う。「川嶋湯」は6月30日で廃業する。8月に更地になり、その跡地に、一戸建てが8戸建つ。
もうやめるつもりだったから。来る人も少なくなって、建物も古くなって。やめる機会を探していた銭湯の背中を、大きな地震が押していく。

川嶋湯
(銭湯マップ番号 2)
大きな浴槽でゆったりと
東京都北区浮間3−10−21
03-3966-9835
営業時間 15:00〜22:30
定休日 月2回不定
2011年6月30日廃業