断片日記

断片と告知

小杉湯、世界湯、日の出湯

高円寺の銭湯「小杉湯」。鯉の滝登りの木製の懸魚のある、古く立派な銭湯だが、改装され所々新しくなっている。外の路地から見ると、左から女性専用のコインランドリー、入り口、入り口右手に格子窓、窓の向こうにロビー兼ギャラリーの明かりが透けて見え、さらに右手に大きなコインランドリーがある。真ん中の懸魚の下、かつての入り口は壁でふさがれている。入ると大きな下足場、右手に自動ドア、フロントとその奥に先ほど外から見えたロビー兼ギャラリーがある。ギャラリーでは仏画イラストの展示。フロントでは、小杉湯オリジナルの鯉の滝登りTシャツ、銭湯キューピーのストラップなど販売している。
フロント左手に女湯の引き戸。格天井の脱衣所。洗い場は正面に富士山のペンキ絵。山肌の青さがとても美しい。正面の壁右手から、ジェット系、薬湯の泡風呂、左手の壁に沿ってミルク風呂、水風呂と続く。どの湯船も広く、使用している水はミラクルなんとかな処理をしてある、と謎の効用が壁に貼られている。ミラクルなせいかどうか汗がよく出る。島カランは真ん中に1列と、左手にカラン2人分の小さな島がある。洗い場の天井は高く、クリーム色の梁と真っ白に塗られた壁や天井が、湯気の中、ぼんやりと美しい。
フロントで銭湯遍路の判子を押してもらい外に出る。路地のすぐ向かいに、昔ながらのラーメン屋と定食屋の看板が並ぶ。今まで見た風呂上りの景色の中で、一番こころ躍る。

小杉湯
(銭湯マップ番号 22)
全ての湯水に自然回帰水を導入。名物ミルク風呂。ギャラリーが人気です
東京都杉並区高円寺北3−32−2
営業時間 15:30〜25:45
定休日 木曜

人形町の銭湯「世界湯」。銭湯マップは便利だが、地図の細かい部分はかなり大雑把に出来ている。大きな通りに面した銭湯ならいいが、曲がり角に目印もない路地の奥の奥になるともういけない。この辺だろう、と曲がった先の1画で、煙突を探し、吹き抜けの窓の明かりを探して歩く。「世界湯」もそうして見つけた。
入り口は女湯と男湯で分かれている。東京ではあまり見ないが、西のほうではよく見る。入り口を入ると下足場があり、男湯の下足場とも繫がっているが、上と下の空く中途半端な間仕切りで行き来は出来ない。引き戸を開けると昔ながらの番台がある。
脱衣所は格天井ではないが、大きな格子状の梁があり、明り取りの窓が、空に向かってついているのが珍しい。小さいながらも庭がある。鍵付きのロッカーもあるが、たいていの人は籠を使い、脱衣所の床は使用中の籠とその周りにしゃがみ込む常連たちで混みあっている。最近入った銭湯の中で一番活気がある。人形町は銀座から近いわりに下町の雰囲気の残る場所だが、この辺りで銭湯はここ1軒しか残っていない。
洗い場。正面の壁に、淡い紫の山肌が美しい富士山のペンキ絵。その下に、右から深く小さい湯船、浅く広い湯船と並んでいる。深いほうには温度計がついていて、湯の温度は44度。浅い湯には、中の3面に腰掛状の高さの違う段差があり、半身浴が楽しめる。島カランが真ん中に1列。鏡もシャワーもない島カランは珍しい。ただの島カランで体を洗う。向かいに背の曲がった小さな老婆が座る。小さい体が何かするたび、周りの人が無言で手伝う。手伝うほうも、手伝われるほうも、それが当たり前のように何も言わず。老婆の洗面器が島カランから滑って落ちる。落ちる前にわたしが受け取る。厚さが3センチくらいの、底に瓢箪型の穴の開く、おそらくアルマイト製の青い不思議な洗面器。面白い洗面器ですね、そうね、昔のね、とそれ以上の話が聞けない。
銭湯遍路の判子を押してもらう。いまの建物になったのは昭和30年代、それ以前から銭湯はあった、詳しくは知らない、と番台の女将さん。脱衣所は相変わらず混んでいる。常連の老婆たちの、病気の話、医者の話、どこの銭湯でも必ず聞く話をここでも聞く。

世界湯
(銭湯マップ番号 7)
東京都中央区日本橋人形町2−17−2
営業時間 15:00〜23:30
定休日 月曜

佃島「日の出湯」。佃島大橋のすぐそば、小さな運河を囲む公園があり、運河に架かる赤いお太鼓橋のすぐ脇に建つマンションの1階。マンションの真ん中に「日の出湯」と書かれた真四角な煙突が伸びている。ここも入り口は男女別だが、入ると下足場が間仕切りで仕切られているだけだ。入浴券の券売機があるが、見ると改定前の入浴代が訂正もされず黒のマジックで書かれている。いいんですか、と聞くと、機械の設定変えるほうがお金かかるのよ、と笑っている。券売機の向かいにあるフロントは、小さいフロントいっぱいに黒の立派なリクライニングの椅子が置かれ、宇宙船の操縦席に女将さんが座っているように見えて可笑しい。
この日は東京マラソンの日で、佃島大橋を走るたくさんのランナーを見、どこがゴールか知らないが、マラソン帰りの人たちが男湯に吸い込まれていく。女湯はといえば、わたし以外に常連の老婆がふたり。手前の島カランで背を流しあっている。この銭湯は島カランが、脱衣所に向かって平行に2列ある。湯船は右手の男湯との壁にへばりつくようにしてあり、奥には有料のサウナ、手前に水風呂もあるが、水は入っておらず湯船は空のままだ。老婆ふたりの首筋がやけに白くなまめかしい。東京の古い町の銭湯で、たまにこういう老婆を見る。
漫画「三月のライオン」には、ここ佃島と隣の月島がよく出てくる。ここ「日の出湯」も「月の湯」と名前を変え、でも立地はそのままに、漫画の中に何度も登場する。主人公の少年と三姉妹の歩く後ろに、太鼓橋と、「月の湯」と名前を変えた「日の出湯」の煙突が何度も出てくる。近くの銭湯「旭湯」も、5巻か6巻の章扉に描かれている。こんなに登場するのに、主人公たちの家には風呂があり、銭湯に行った話は今のところ出てこない。

日の出湯
(銭湯マップ番号 8)
清潔がモットー。電気風呂が好評
東京都中央区佃1−6−7
営業時間 15:00〜24:00
定休日 無休

10月に、新しい銭湯MAPが発売された。「東京銭湯お遍路MAP」から「東京銭湯ぶらり湯めぐりマップ」と名前を変えて1冊300円。東京の銭湯と一部の書店で取り扱いしている。平成19年8月に935軒あった銭湯が、平成23年8月には766軒になった。
http://1010.or.jp/event/ohenro/map.php