断片日記

断片と告知

ゆたか湯

高田馬場から西武新宿線で上井草へ行く。改札を抜けしばらく歩いてから、ここが、いわさきちひろ美術館のある町だと思い出す。銭湯「ゆたか湯」は、いわさきちひろ美術館への道筋の、千川通りに面したマンションの1階にある。
千川通りにどーんと、ゆ、サウナ、の赤い文字の派手なネオンサインが建っている。マンション1階の入り口にさがる、富士山柄の暖簾をくぐる。左手に傘入れ、正面に下足箱、右手に入り口の自動ドア。自動ドアを抜けるとロビーとフロント、フロントの右手に女湯の入り口がある。マンションの1階にしては脱衣所の天井は高め。体脂肪が測れるハイテク体重計、ハイテク血圧計、が置いてあり、壁には横尾忠則の銭湯ポスターが飾られている。
洗い場に入る。左手に別料金250円のサウナ、右手に立ちシャワー、真ん中に島カランが1列。両壁のカランと島カランの間に余裕があり、そう広くもない洗い場がゆったりと見える。正面の壁に、あとから聞くとグランドキャニオンだという、紫色の岩山のモザイクタイル絵。湯船は正面の壁に沿って、右から、水風呂、普通、座ジェット、泡風呂、と小さく区切られ並んでいる。洗い場の天井もマンションにしては高く、目隠しされているが大きな窓が壁一面にある。
湯から上がり、フロントに座るご主人に、銭湯遍路の判子を押してもらう。「ゆたか湯」は、今月末で廃業する。うん、いろいろ、いろいろね。経費がかかる割りに儲からなくて。この場所は昭和35年から、いまの建物になったのは平成2年。男湯のタイル絵は山中湖と富士山、やっぱり富士山、富士山が好きでね。
ロビーには、ご主人が撮ったのか、山中湖にスワンボートが浮かぶ写真が貼ってある。缶ビールを1本買う。風呂上りのビールはうまいでしょ、とご主人が笑う。銭湯マップには、それぞれの銭湯に一言コメントが掲載されている。「ゆたか湯」のところには、「悲しい時、淋しい時、ノレンをくぐるとホットする。そんな銭湯です」と書かれている。来月から、上井草の人たちは、悲しい時、淋しい時、どこに行けばいいのだろう。銭湯は、広くて、天井が高くて、湯船が大きくて、湯がたっぷりとあって、とても贅沢な場所だ。贅沢だからたぶん、町の中で生き残るのが難しいのだ。

ゆたか湯
(銭湯マップ番号 1)
悲しい時、淋しい時、ノレンをくぐるとホットする。そんな銭湯です
東京都杉並区井草5−18−10
営業時間 16:00〜25:00
定休日 金曜
2012年3月31日廃業