断片日記

断片と告知

流し

絞った精子を紙に出してそれを誰かに見られるのも面倒で、部屋の隅の流しにそのまま出して捨てていた。ある日、流しです、と女が家に訪ねてきた。一度は追い返したが、女はわたしと流しの関係を事細かに語って聞かせ、そのまま家に居ついてしまった。女の腹が日増しに大きくなっていく。わたしと流しの子だという。
しばらく姿を見せなかったが、女は小さな流しを抱えてまた家に現れた。ほら、とこちらに見せるが、どこが顔か、男か女かかもわからない。女は小さな流しの小さな蛇口を緩めたり絞ったりして笑っている。のぞきこんだ隣人が、あらお父さんそっくり、とわたしと小さな流しを交互に見て笑う。
流しに捨てた精子で子どもができるはずがない。そもそもこの女が誰なのかがわからない。誰かと聞いても、流しです、流しです、わたしあなたの流しです、としか言わない。さらには、おうちに流しがなかったら困るでしょう、と恩着せがましい目つきをする。
それでも毎日出て行けと繰り返すとある日、そうですか、と小さくつぶやき見ると部屋の隅の流しに戻った。いつの間にかやけに小さな流しがその横に並んでいる。女の腕の中にいたときには触りもしなかった小さな蛇口を試しにひねる。お父さん、と小さな銀色が口をきいた。