断片日記

断片と告知

松尾様

個展で京都を訪れたさいのこと。東京から遊びに来た女友達と、仕事で関西に来ていた男友達と、夜に落ち合い、飲む約束をした。しかし目当ての酒場は満席で入れず、地理に疎い街でほかに行く当てもなく、夜の川端通りに立ち尽くし、女友達の広げるガイドブックを三人でのぞき込んだ。そのガイドブックに割り込むようにして、ひとりの男が話しかけてきた。どこ行きたいの、だったか、なに探してるの、だったか。行くはずだった酒場に入れず、安く飲める、大衆酒場を探している、そんな言葉を返した。それならいい酒場がある、と、男はガイドブックの地図をしばらく眺めていたが、小さな地図で教えるのももどかしくなったのか、こっちやこっち、と先に立って歩きはじめた。ひとりで話し、いつまでついて来るのか、男に不安と面倒を感じたころ、それじゃぁと、男は酒場の少し手前の暗闇に、折れて消えていった。
男が教えてくれた酒場は、「コ」の字型のカウンターだけの小さな店で、女将の言動に圧倒されながらも、なによりも酒も肴も安くてうまい、いい店だった。当たりだったね。男を思い出しながら、いい店を教えてくれたと、三人で喜んだ。人見知りしないわたしが、男から離れて歩いていたのを、珍しいね、と女友達が聞いてきた。男友達と女友達とその男が話し歩く姿を、わたしひとり少し離れて眺めていたのは、ついて来る男を面倒に思ったのもあるが、男のはくズボンのチャックが全開で、そこから上着のシャツの裾が、白く三角に飛び出しているのを見たからだ。
女友達は、その日の朝に京都に着き、重森三玲造園の庭を見たいからと、松尾大社を参拝していた。松尾大社は、酒を造る人たちから信仰されている、お酒の神様だ。さっきの男は松尾様かもしれないね。言いながら三人で笑った。人前に現れるとき、神様はえてしてそんな格好をしているのかもしれないね、と。