断片日記

断片と告知

鴨川

個展の搬入、トークショーのほかに、何も予定を立てていかなかった。少しの古本屋とギャラリーを周り、夜に誰かと飲んでしまえば、ほかにすることがなかった。京都にいる間、宿泊先の清水五条から出町柳のあたりまで毎日、鴨川の右岸と左岸を歩いてばかりいた。
歩く人、走る人、自転車の人、歌う人、楽器の練習をする人、台詞を読む人、釣りをする人、煙草を吸う人、犬を連れた人、寄りそう男女、何もしない人、ここに住む人。それぞれが思い思いに過ごしても邪魔にならないだけの広さの土手があり空があり、その真ん中を鴨川が流れていた。
橋の下にブルーシートで作られた家が並び、そのうちの一軒の入り口に、ピンクの造花のバラがさがっていた。青いシートとピンクのバラ。何度も見るうちに気になりはじめ、ある日、二軒先のブルーシートの家から出てきた女に、撮ってもいいかとたずねた。どうぞ、と笑顔で女は言い、写真を撮るわたしの横をすり抜けて、河原で鍋釜を洗いはじめた。
公園や広場のようにとどまるのではなく、水の流れのように、人の横を通り抜けていく川沿いが気持ちよかった。四日も経てば情がうつった。鴨川を連れて帰りたかった。手を引いて、新幹線に乗って、一緒に雑司ヶ谷まで。