断片日記

断片と告知

夜の一ぱい

毎月、雑誌の目次ページに、季節の野菜や果物を描いている。次号は春らしいものを描こうと、八百屋で千葉産の菜の花を買ってきた。しおれた葉をもどすため、描く前にまず、水を張ったコップに投げ入れしばらく置いた。
絵を描くあいだに葉が伸びてきた。描き終わったら辛し和えにするつもりの菜の花の、黄緑色の固いつぼみに小さく黄色い花が咲いたのを見たとき、食べるの?という気持ちがふいに浮かんだ。水をかえ、少しの成長を見ているうちに、わたしのなかで菜の花は、食べ物から、鉢植えや愛玩動物になったらしい。
たった1日2日のこと。おかしなことだと冷蔵庫から、八百屋のポリ袋に入ったままの菜の花を出し見比べた。見比べるまでもなく、どちらも同じ菜の花なのがおかしかった。


中公文庫、田辺聖子さんの『夜の一ぱい』の装画を描きました。田辺さんが独り身のときから、カモカのおっちゃんと出会い、そしてまた独りにもどるまでに書かれた、酒に関するエッセイを時系列にまとめたものです。酒の飲みかたも、種類も、飲む相手も、年とともにかわっていく楽しさと寂しさに溢れています。酒好きのかたはもちろん、酒の飲めないかたでも気持ちよく酔える一冊です。
夜の一ぱい|文庫|中央公論新社