断片日記

断片と告知

はじめての言語獲得

雑司ヶ谷小学校の同級生から装画依頼がきたのは、作家になった樋口毅宏くんについで二人目のこと。
中学から私立へいったわたしは、雑司ヶ谷小学校から雑司ヶ谷中学校へ進んだ彼らが羨ましくて仕方がない。同じ制服を着て笑う彼らに、違う制服を着るわたしは笑って加わる勇気がない。同じ町に暮らしながら、わたしは彼らを見ないことにする。受験をしたのはわたしなのに、逆恨みもはなはだしいが、些細なことが些細でなかったあのころは、制服ひとつで世界が終わる気がしていた。
ある日、装画依頼のメールが届いた。
三重大学の杉崎鉱司と申します、と言っても分かって頂けないかもしれないですが、雑司ヶ谷小学校のマルコです、と言ったら、もしかすると少しは思い出して頂けるでしょうか(笑)?
いじけて見ないことにしていた遠い場所から声がした。大鳥神社の縁日のフライ揚げ、通っていた書道教室、都電沿いの道、同級生の名前。マルコのことばですすけた景色に色が戻る。彼らはわたしを覚えていた。マルコの初単著に装画を描かせてもらえたことがなによりもうれしい。
はじめての言語獲得 杉崎鉱司著 岩波書店