断片日記

断片と告知

入谷コピー文庫「かすり傷」

堀内恭さんが発行する入谷コピー文庫の最新刊、異論・反論・与論島シリーズの第4回「お痛み」に「かすり傷」という文章を書きました。ブログに転載いたします。

 

「かすり傷」

夜遅く帰ると家のわきの電柱の下で男と女が口喧嘩をしている。言ったとか言わないとか、たいした喧嘩じゃないが騒がしい。横を抜けて家に入る。電柱のわきの部屋の介護ベッドで寝たきりの父に、ただいま、と声をかける。動かない体のかわりに目線を電柱のほうに向け、あれはお前か、と父が訊く。男と女の声は外からかわらず続いている。近所迷惑だからやめなさい。わたしは父の目の前にいる。

新幹線乗り場に思ったよりも早く着いた。時間つぶしに待合室の椅子に腰掛け文庫をひらく。向かいの椅子に女がやってくる。すぐに座らず、鞄からウェットティッシュを取り出し、時間をかけて椅子を拭く。もう一枚ひろげてまた念入りに椅子を拭く。拭き終わると二枚の濡れたティッシュをくしゃっと丸め、椅子と椅子の隙間につばを吐くように捨てる。遅れてきた連れの男と、つばを挟んで椅子に座る。女が男にもたれかかる。いま東京駅ではエスカレーターの手すりにつかまろうキャンペーン中です。天井から降ってくるアナウンスを、読みかけの文庫にはさむ。

先生と呼んでいるがわたしの先生だったわけじゃない。古本屋を営む知人の大学時代の先生だ。古本屋とともにときどき家にも呼ばれ、本の片付けを手伝っている。なんだか具合が悪いみたい。珍しく先生のほうから電話をもらい、古本屋とともに一人暮らしの家に向かう。腹が痛くて裂けそうだ。青でも黄色でもない顔色を見て、はじめて救急車を呼んだ。保険証、診察券、おくすり手帳、荷物を抱えて一緒に救急車に乗り込む。武藤さん、すまないね。腹に手を置いた先生の声はいつもと違ってとても小さい。ピーポーピーポーピーポー。あぁ、この音を聞くとほっとするよ。道端で聞いていた音と違う、車の中で聞く赤いサイレンの音は、遠雷のように小さく遠い。どういったご関係で。救急隊員に訊かれ、さっきいた知人の、大学時代の、先生です、と遠い関係を答える。

古本屋の父親が脳出血で倒れ、左半身麻痺になった。介護ベッドと車椅子を使った自宅介護がはじまった。わたしは週に三日、食堂のアルバイトのあとで夕飯を作りに行くことにした。右手で箸は持てるものの以前のように口は開かず、大きなものは食べられない。なるべく小さく食べやすく、と食材を刻む。このころよく包丁で指先を切った。食堂と、古本屋の父親の家と、わたしの家と、使う包丁の切れ味が違うからかと、しばらくして思いいたった。いつもならこのくらい、と油断した指先を刃が刻む。

週に三日の夕飯作りで一番よろこばれたのは豚骨ラーメンだった。脳出血で倒れる前に通っていたラーメン屋の、なんちゃっての再現だ。買ってきた豚骨味の袋麺を茹で、戻したキクラゲ、茹でもやし、万ネギを散らし、セブンイレブンで売っている甘辛く煮たチャーシューをのせ、白ごまをふり、最期にチューブのニンニクをたっぷりしぼる。店の味にはだいぶ劣るものの、家で気軽に食べられるのが気に入られ、週に一度はせがまれる味になった。毎週作るうちに、このラーメンに愛称をつけようか、という話になった。どんな名前がいい?と訊かれ、とっさに、オーメン、と答えた。わたしが子どものころ流行っていたホラー映画の題名だ。

 最近オーメン作った?と古本屋の父親に訊かれる。作ってないよ、食べる人がいないから。古本屋の父親は誤嚥性肺炎で病院に入ったっきり、口からものをとれなくなった。見舞いに行った帰りの車のなかで、夢を見たんだ、と古本屋が言う。まだ在宅介護をしていたとき、家に帰ると父親が立って歩いてて、あれ、歩いてる、と夢のなかで泣いて、夢から覚めてまた泣くんだ。そんな夢を三回くらい見たよ。

 何かするつもりも無かったんだけど、お寺さんから葉書がきてね。お父さんの十七回忌だって。卒塔婆くらいはあげようかと思うのよ。寝たきりだった父の部屋はいまでは母の部屋になった。介護ベッドは返して、布団を敷いて母は寝ている。仏間も兼ねた母の部屋から月命日には線香の匂いが漂ってくる。夜遅く、ときどき酔っぱらいが歌いながら家のわきを通り過ぎて行く。電柱のわきで喧嘩する男女はあれから見ない。