断片日記

断片と告知

『梅 上井正三詩集』

巻末の著者紹介欄によると、上井正三は大正二年(1913年)生まれ。出身は現在の三重県伊賀市八幡町。二十代の頃から長年にわたり竹中郁に師事し詩作を続けた。今回の『梅 上井正三詩集』は、生前一冊だけ刊行された『上井正三詩集』を底本として、写真集「正三の町で」を併収、改題、新装復刊したものです。龜鳴屋の「置き去り詩人文庫」というシリーズの一冊目になります。

上井正三という名も、書かれた詩も、ほとんどの人が知らないと思いますので、詩集の中からわたしの好きな詩を三編ご紹介いたします。

 

「梅」

しろい梅が咲いて

久しぶりに日なたを見つけた。

 

丸くしていた背中をのばして

梅と並んだ。

何という静けさ。

 

こうやってわが屋の屋根を

しげしげと見ているたのしさ。

 

梅は知ってくれて。

蕾も知ってくれて。

 

 

「帽子屋の店さき」

この小さな町にはじめて

帽子専門店が出来た。

誰も彼も自分の眉毛を考えて

買うんだが

なかが空っぽだということを

気づくものは一人もいない。

中折帽 鳥打帽 子供の帽子。

みんな なかが空っぽ。

それで いいんだって

君は政治屋かと ぼくは

ウインドーの硝子に写った

目のくぼい自分にとがめる。

その影 黙って

右を見 左を見た。

 

 

「海とわたし」

この海にわたしが沈んでいた

その懐かしさと親密さ。

かつて わたし 貝がらのように海の底にあった。

そのわたし 手や足をなくして 波にさわられたのか首もない

そんな わたしを いま

すぐ近くの港を出た灰いろの船。

起重機たかく 空につるしあげ

湧きあがる雲で飾ろうとしていた。

うちあげ花火のような

雲。雲。雲。

吹く風を かきわけ かきわけ 

その夢―――。

一つとこ 波にききいり―――。

 

 

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