断片日記

断片と告知

コロナの夏 7月26日から8月1日

7月26日金曜日

晴れ。暑い。玉ねぎひき肉をガパオの素で炒めた具をのせた汁なし麺。温玉とかいわれものせる。テレビをかえてから地上波も少し見るようになる。アメトーーク、東京で生まれ育った芸人、見る。タワマンに住みたいと思わない、と矢作さん。Sは往来座へ。洗濯。掃除。やる気なく転がる。ギター弾く。夜、往来座へ。お茶割り。saさん、miくん、A。新幹線がとまったために帰れず大阪で6連勤になったとsaさん。そのおかげでテレビで天満祭りを見ることができ、祭り自体も、こんなに大きいこともはじめて知ったそう。帰るころ雨が降り出す。弦巻通りの元花屋の前にご自由にお持ちくださいコーナー。赤いタジン鍋もらう。まいばすけっとで買い物して帰る。夕飯は、トマトアボカド、さっき拾ったタジン鍋に玉ねぎ小松菜もやし餃子を置いて蒸す。餃子はまいばすけっとで買った大阪王将餃子。あんまりおいしくない。「ザ・ボーイズ」続き見る。S家泊。

 

7月27日土曜日

曇り。暑い。玉ねぎ小松菜ミックスビーンズひき肉のカレー。あちこちオードリー、見る。昼過ぎ、Sと往来座へ。出るころにuちゃんやって来、一緒に西武地下の日比谷花壇の前まで。KOさん、koくんと待ち合わせ。出勤前にサブスクの花をもらいに来たnとすれ違う。S、KOさん、koくん、uちゃんと西武線で江古田まで。駅を出たところでSが誰かと立ち話、すぐそばの根元書房さんとのこと。日芸江古田文学教室主催、多岐先生の文章教室へ。早く着きすぎたため、後ろのテーブルに座って待つ。ご自由にお持ちくださいと各ゼミ誌が並んでおり、tっちのゼミ誌を見つけてもらう。koくんの次の就職先を聞き、驚愕。Sがとてもよろこんでいる。1時半、開場。会場は日芸の資料室の前スペースで、文化祭のとき古本屋研究会が「堂堂堂」の名で古本を売っている場所。後ろのほうの長テーブルに座る。はじまるころにはほぼ満席に。2時開演。テーブルに置かれた資料「作家への道〈今日から始める第一歩〉」、表紙には日芸の受け付けの横に置かれた土谷武の彫刻「挑発しあうかたちⅡ」の写真が載っている。1番緊張している空間、この緊張を書き出したかった、確かにあたしが見た触った匂いをかいだ自分が一次資料であること、あっちに帰ってから紀貫之に叱られる、感性の発明の破壊力、レモン爆弾、誰しも思ったでも書いたのは梶井だけ、駄作を書く度胸、2千時間、5千時間、1万時間、はじめてください量です、ことばの職人であれ、基本は省略、短く強く叩くハエ叩き、読者の想像力の余地、書いていないことが表現、切迫する手綱を緩める、近づき遠ざかりうねる、人間描写状況描写は一歩進んでしゃがむ、目を低くする、観察を好きになる、見ることを心がける、見なくてどうするんです、辞書と仲良く、国語ってもうちょっと気高いもの。終えて、KOさんは帰り、残りの有志で学食で多岐先生を囲んでお茶、自販機で売っていたアイスを食べる。有志は、ほとんどが早稲田と日芸の多岐先生の元生徒たち、と日芸の新入生がひとり、部外者のわたし。早稲田では文芸批評が中心だったから、こんなに書くことを熱くすすめる先生をはじめて見た、とSが驚いている。パリオリンピックがはじまったらしく、地下鉄でテロがあったらしい、と先生。今日も夕方から雷と雨。そのまま多岐先生に連れられ日芸を探検。先生お気に入りの吹き抜けと眺めのいい屋上テラス。ときどき遠くに稲妻が光る。そのまま西武線椎名町まで、博多屋で打ち上げ。生ビール、ウーロンハイ、枝豆、フライドポテト、焼き鳥、味噌焼きとん、コブサラダ、厚揚げ、しめ鯖、れんこんの挟み揚げ。県人寮、コミケ、二次創作サークル、卒業して書けなくなった。西武線で帰るメンツと別れ、S、uちゃん、koくんと歩いて帰る。koくんを目白駅の改札まで送り、雑司ヶ谷に帰る。ファミマで買い物。S家に帰り、Sは納豆と切り昆布を混ぜたものを食べ、わたしはファミマで買ったカップ麺を食べる。飲みすぎて早々に寝る。S家泊。

 

7月28日日曜日

曇り。暑い。玉ねぎセロリひき肉のトマトソースパスタ。お笑い向上委員会、見る。Sは往来座へ。洗濯。じぶんの文章教室、第一歩をはじめる。絵。夜、M家に寄り、母が作ったうずらの卵と手羽元煮をもらい、往来座へ。saさん。お茶割り。明日からまたシャッター工事がはじまるので、閉店後にブツと本を移動し、棚にホコリよけのビニールをかける。昨日リニューアルオープンしたハナマサで買い物。棚は高く黒くなったが、置いてあるものは変わらず。オープンセールで、ゴーヤ98円など、野菜と肉が安くて助かる。お茶割り飲みつつS家に帰る。夕飯は、うずらの卵と手羽元煮、肉なしの豚汁。「ザ・ボーイズ」シーズン4最後まで見る。それぞれの過去と大統領選とで話が散らかっている。ホームランダーはどうやったら救われるのかを考える。安易だが、能力のないなにもできなくなったホームランダーに、それでもパパが好きだよ、とライアンが言ったらいいのではないか。また数年待つのがつらい。S家泊。

 

7月29日月曜日

晴れ。暑い。玉ねぎ舞茸ひき肉のカレー。台所が暑い。朝のニュースはどこもパリオリンピック関連。シャッター工事のためSは10時前に往来座へ。文章。絵。夜、往来座へ。お茶割り。文章教室で話に出た梶井基次郎の文庫買う。南側のシャッターも新しくなり、明日穴を塞げば工事が終わる。軽くなったシャッターをnがおろす。音も静か。ハナマサで買い物。nにすすめられハナマサオリジナルのレトルトのハンバーグカレー買う。S家に帰ると台所の奥でなにかが動いている気配。ネズミ。棒でつつくがどこかに消える。どうしてうちの猫はなんにもしないの、とS。夕飯は、山芋ミョウガ納豆、拾ったタジン鍋で豆もやしピーマン豚肉蒸し。ドラマ「ファーゴ」シーズン2見はじめるも途中で寝落ち。S家泊。

 

7月30日火曜日

曇り。台所の流しのうえに、ネズミがかじったらしき石鹸とピーマンの切れっ端が並んでいる。昨晩、ハナマサで買ったハンバーグカレー。3〜4人前と表記にあるがハンバーグは2個しか入っていない。味は欧風スパイシー。ずん喫茶は新小岩米粒写経の古書探訪は岡山の古京文庫。シャッター工事のためSは早めに往来座へ。文章。夕方、往来座へ。シャッター工事は終わり、棚などが戻りつつある。S、nと車で買い取りへ。S、nが本を縛り、わたしが折りコンに入れ、車に積んでいく。量が多いがなんとか1回で終わらそうと車にぱんぱんに本を詰め、あぶれたnとふたりで高田馬場まで歩く。高田馬場駅の構内にカルビーの店が出ていたので、ぬれポテチ買う。山手線で目白まで。往来座に戻るとSは車を駐車場に戻しているところ。缶ビール飲みつつ、工事のために外していたライトをつけたり、棚を復旧したり。終えて、S、nと雲吉へ。ウーロンハイ、ガーリックポテト、豆腐とアボカドサラダ、スティックごぼう、焼き鳥盛り合わせ、馬刺し、しめにざる蕎麦。買い取りした本を、店か、市場か、手が足りない、置き場所がない、それじゃ楽しくない、言わないと帰らない、など紛糾。S家に帰り、早々に寝る。Sは忘れ物したと言いながらどこかに出かけ、帰ってきてからもパソコンを叩いている。S家泊。

 

7月31日水曜日

曇り。暑いが秋の気配がする。台所の石鹸はまたネズミにかじられたあとがある。玉ねぎブロッコリーベーコントマトソースパスタ。Sは休日、布団に転がり動画を作るか、見るかしている。文章。絵。夕方から雷と大雨。8時くらいに小雨になり、お茶割り飲みつつ弦巻通りのまいばすけっとへ買い物に行く。本搾り飲みつつ帰る。帰るころには雨がやんでいる。夕飯は、土産にもらった味噌漬けチーズ、山芋ミョウガアボカド納豆、ゴーヤチャンプルー。ドラマ「ファーゴ」シーズン2の続き見る。S家泊。

 

8月1日木曜日

曇り。玉ねぎブロッコリーベーコンジェノベーゼパスタ。ネズミの通路と思われる場所に瓶など置いておくと石鹸がかじられておらず。雲吉での件いろいろ。どうして責めるように言うの、あなたいつもそう、毎日だとは言っていない、とSが言うので、これからは自分の時間は自分のために使うことにする。S家を出、雑司が谷駅から副都心線東横線みなとみらい線日本大通り駅まで。久しぶりの東横線からの眺め、昔4人がけのボックス席に座るのが好きだったことを思い出す。ベイスターズのポスターやフラッグが構内のあちこちにあり青い。この辺だったはずと歩いて行った横浜開港資料館へ行くと、ここではないですねと言われ、そう言えばチラシがあったかも、とチラシをいただき道も教えてもらう。教えてもらった場所は、さっき出た駅の真上のビルで、入り口も地上出口のすぐ横にある。横浜都市発展記念館で「能登半島と横浜」を観る。1階4階が今回の企画展、3階がトルコの細密画、2階がユーラシア大陸の陶器や雑貨や本などの常設展示。受付でおすすめされ、ぜんぶ観ることにする。1階は写真のパネル展。1月の石川の地震で倒れ壊れた、神社の鳥居や狛犬の写真が貼られている。能登から横浜に出て銭湯を成功させ地元の神社に寄進したもの。名前とともに「在横浜」などの文字が刻まれている。今回の地震で多くの資料が失われた、とキャプションにある。現在横浜市にある50軒近い銭湯の半数が石川県の出身で、見附島のペンキ絵など、いまも銭湯に残る「能登」が紹介されている。4階は、半分が常設展の横浜の歴史、半分が企画展の続き。市井のカメラマン広瀬始親が残した写真から銭湯の写真を紹介している。銭湯に行く子どもたち、開店準備、仕舞湯、と分けて飾られている。いまと違い、番台にものがなくすっきりしている、洗い場の鏡も台に立てかけられているように見える、脱衣所と洗い場が全面ガラスの引き戸で分けられていて、いまよりも開放感がある。フリーペーパーの『ハマ発ニュースレター」の「特集能登半島と横浜」をもらい、月刊誌「横濱」2012年秋号「横浜の銭湯に行こう』と以前の企画展の図録『銭湯と横浜』を買う。月刊誌には、令和6年7月現在の横浜市の銭湯一覧が挟んでありありがたい。久しぶりに大桟橋から海を見ようと近くまで行くが暑くてやめる。山下公園の端から海沿いを歩く。日陰のベンチにはひとはいるが、暑すぎてほぼひとがいない。最近の雨のせいか、海が茶色く濁りゴミしか見えない。空は広くて気持ちがいい。中華街に入りチャイハネへ。懐かしいお香の香り。商品は変わっていくが雰囲気はそのまま。南門シルクロードを歩き、前田橋を渡って元町へ。セブンイレブンで、缶ビールを買い飲みながら歩く。よく冷えていてうまい。本牧通りを左折、第二山手隧道を歩く。そう遠くなく見えた出口も歩くとなかなか辿り着かず。出ると電柱に見覚えのある看板が。すぐそば、とあるので見に行き写真を撮ってuに送る。千代崎川に蓋をしたという暗渠を歩き、銭湯「いなり湯」へ。昔ながらのお寺のような造りの銭湯だが、正面に入口はなく、薄緑色のタイルで覆われた壁になったおり、真ん中よりうえに横並びの窓、色違いのタイルで作られた「いなり湯」と書かれた看板がある。看板の、な、は旧字体になっている。屋根のしたに黒い家紋。目の前にバス停がありときどきバスが停まっていく。入口は壁の左右どちらにもあり、「横浜温泉・重曹泉 いなり湯」ののれんがさがっている。のれんをくぐると、右も左も下足箱だらけで、右手の壁一面の木製下足箱は、札を下に押すと棒がさがって開き、札をとると棒が上がって鍵がしまる、という見たことのないバネ式。左手にもロッカーと、入口手前に傘ロッカーがある。入口は男女別で、左手が女湯の入口。自動ドア。右手に番台。入浴代530円払う。脱衣場。ソファセット、オカマ型の髪乾燥機、マッサージチェア、島ロッカー、木製の身長計、体重計、洗濯機、乾燥機と数々のものが並び、かろうじて通路があるくらい。壁には銭湯のポスターとともに小島功のカッパの版画、柳原良平の中華街を描いた版画、相撲取り鬼雷砲の写真やマワシなどこちらもぐわーっと物がある。天井は格天井だが、真ん中に立派なシャンデリアがさがっている。洗い場の入口のうえに細長いオカメのお面。ロッカーの上にはフェルトかなにかで作ったなぞの造形物がある。脱衣場の奥には流しが3つある小部屋があり、脱衣場とつながる窓に玉のれんがさがっている。洗い場との仕切りの窓には、東郷青児っぼい絵柄のすりガラスがはめられている。これはほかでも見たことがあり、もしかしたら流行っていた時代があったのかもしれない。洗い場の入口も自動ドア。黄色いケロヨンの桶のほかに、木製の桶も並んでいる。左手に仕切りなしでホースが長い立ちシャワーがふたつ、左右の壁にカラン、島カランが真ん中に2列。正面奥の壁沿いに湯船。左手から、超音波の泡、なにもなし、ジェット、が大きな湯船のなかにやんわり区切られ設置されている。ジェットの後ろの壁には、お母さんのシェイプアップに、と手書きのポスター。ボイラー室に行く通路を挟み、右手に重曹泉の黒湯の湯船。深く小さく温度が熱い。湯船の縁はうにうにゆるやかなに波打っている。湯船の縁についているカランが、古い家の台所にあるような首の長い銀色で、あちこちに鶴が首をのばしているよう。正面の壁のペンキ絵は大きな富士山。青い富士山、雲、したの海に小島がふたつか3つ、白い帆のヨットも浮かんでいる。左手の壁に「く」の字型に曲がりながら絵が続いている。右下に「駿河湾」と白ペンキで描かれている。富士山も空も海も青くてシンプルでどーんとしていてとても気持ちがいい。天井は高く白く、桟は茶色に塗られている。男湯のうえの窓から煙突の胴体が見える。脱衣所のテレビでは女子バスケットボールが映っている。番台で水を買う。「能登半島と横浜」を見てここに来たと話す。ここもルーツが石川だと紹介されていた銭湯のひとつだ。こないだもしゃべったんだけど、ここは昭和21年、改装したのが36年でそれからずっとこのまま、シャンデリアはうちの親父のときに、おれが子どものころからあって、おれがボールぶつけたりしてあちこち壊れてるんですけど、いまもつくんだけどホコリだらけ、男湯のペンキ絵はずーっとあのまま女湯から風景が続いてるだけ。ロッカーのうえに置かれた造形物をたずねると、それはそのひと、とロッカーに貼られたポスターを指す。銭湯芸術家ウエハラヨシハルさんの作品とのこと。外の壁にたれていた作品もそうらしい。猫、とのこと。山手隧道を抜け、石川駅まで歩き、京浜東北線で大森まで。ジャーマン通りを、こんなに遠かったっけ、と思いながらあんず文庫まで歩く。お久しぶりです、と挨拶。犀星の誕生日に飲みに来たかったと話す。カンパリソーダ。おいしい。金沢、青森、沖縄、と古本屋でつながって行く話。金沢は楽しくて飲みすぎたそう。昨年ガンマの数値が1300を超えて即入院、病院で酒を抜きまともな食事をしていたら如実に数値が改善したそう。いまは休肝日をもうけ気をつけている。買い取りしたけどまだ売りたくない本を見せてもらう。会ったことはないけどネット上で煉煉さんと繋がってるというEさん、古道具屋のOさん。ご近所さんたちがさっと来て、さっと飲んで、少しおしゃべりして本を読んで帰っていく。うらやましい。チャージがないのもありがたいが、安すぎて心配になる。『猫と故郷の言葉』『怖い家』を買う。大森駅から品川、山手線で目白まで。腹が空いてセブンイレブンで卵サンド買い、食べながら帰る。M家泊。