はっちこと橋本くんが録音編集してくれた2017年のポポフェスでのボエーズ。わたしは喉がつぶれて声が出ず、そして平和だったころ。
コロナの春 3月27日から4月2日
3月27日金曜日
ツイッターでは、和牛券、お魚券、週末自粛、などのことば。
oさんからポポフェス開催可否についてのライン。ハーニャ15が出演キャンセルとのこと。無観客ライブ、配信、払い戻し、などoさんの模索のことばがいくつも届く。ボエーズのグループラインに要点のみ転送する。
アルバイトをしている大学の食堂からもラインが届く。コロナの影響で4月15日まで組んでいた出勤がすべて無くなる。4月16日からの希望休を日曜までに再提出。
池袋西口の税務署へ、往来座で借りた自転車で行く。税務署の入り口に立つ係りの人に、風が強いので自転車は寝かせるか壁のそばに置いてください、と言われるので寝かせる。確定申告を済ます。今年から源泉徴収票は提出しなくていいと言われる。税務署向かいの西池袋公園にはたくさんの桜と人。小さな子どもを連れた女たちがシートを敷いて花見をしている。
スーパー大倉で夕飯の買い物。トイレットペーパーはまだ店頭にない。白菜と豚肉の鍋、りんご、ハーゲンダッツのストロベリー味をふたりでひとつ食べる。プレステ2で「大神」の続き。S家泊。
3月28日土曜日
ツイッターではDJ券、帰省自粛など。
oさんからポポフェス中止決定のライン。ボエーズラインへ転送。
冷凍してあったシチューにベーコンを入れてクリームパスタにする。パスタができたところで、うんこ、とSが言い便所にたつ。わたしが半分くらい食べたあたりで便所から戻り食べはじめる。Sに頼まれた赤いジーパンの膝当てを片膝分だけ縫う。暖かいので近所のuを散歩に誘う。3時半に鬼子母神のけやき並木で待ち合わせる。
待ち合わせのころには風が冷たくなり、夕方から雨の予報。往来座に寄ってからけやき並木へ。宿坂、神田川沿い、グランド坂。昨日スーパーで卵が買えなかった、来週から週の半分は自宅でリモートワークになる、フェイスブックを見ていたら8年前は会社のそばの夜はスナックになる店でカキフライばかり食べていた、とu。NENOiという本屋に立ち寄り『ポーの一族ぬり絵BOOK』『つげ義春の温泉』を買う。
穴八幡から早稲田大学へ。戸山キャンパスに新しくできた戸山の丘を見学。丘の天辺にビオトープ。これだけ人のいない大学周辺をはじめて見る。今日すれ違った人の数、数えておけばよかった、とu。ここまで書いて台所にいると「実はおいらは数えていて、まだ8人の人間としかすれ違っていない。すずめの方が多くて12羽。今ならすずめ帝国に人間世界が支配されて楽しいな。」とSが勝手に書き足す。
セブンイレブンでスパークリングワインの小ボトルを買い、飲みながら戸山公園の箱根山で桜を見る。ほぼ満開。箱根山の天辺に男女が一組だけいる。親子でしょ、とu、カップルかと思った、とわたし。このままもっと人が死んで世界に10人くらいしか生き残らなかったらどうしよう、とu。公園のあちこちに植わる赤に白の指し色が入った椿が、安い牛肉にしか見えない、この牛肉が送られてきたら怒るね、など。公園にはほぼ人はいないが、隣接する戸山団地の窓には明かり、ベランダに洗濯物。震災のときはどうしてたっけ、どうでもいいことは覚えているのに細かいことはすぐに忘れちゃうから、日記を書こう。
神田川から椿山荘、和敬塾、高田小学校跡地にできた公園を抜け、往来座へ。成田に住むSの母からトイレットペーパーが往来座に届く。店番をしていたSとuと硯屋でうどんを食べて帰る。天井裏になにか生き物がいる、と母から電話。Sが見に行く。S家泊。
3月29日日曜日
昼過ぎまで雪。積もる。Sが古書組合でもらってきたレトルトのキーマカレーを温めて食べる。温めているときに、うんことカレーとどっちが先?とSが聞くので、先にうんこしてこい、と答える。この日記を書きはじめる。
ユーチューブを観る。宮迫が声優として出演したゲーム「龍が如く6」をやる動画。ロンブーのあっちゃんが事務所を探して契約する動画。中川家が実家の両親に電話する動画。動画を見ながら、Sは赤いジーパンの膝当ての残りの半分を縫い終わらせる。
「東京新たに68人の新型コロナ感染を確認。都内で計430人。」のニュース。
自死に追い込まれた赤木さんの件、ネットで署名。
夕方、往来座へ。往来座は臨時休業。Sはネットできた注文の処理。ツルハドラッグで猫エサなど買い物。トイレットペーパーは店頭にない。生理用品の棚もすかすか。こうなる前までトイレットペーパーが積まれていた店先には、数日前から園芸用の土の袋が積まれている。缶チューハイの本搾りグレープフルーツ味を飲みながら池袋駅前へ。コンビニ、飲食店、チェーンの居酒屋などは店を開けている。ジュンク堂書店も開けているが、向かいのカラオケ館は閉めていて交差点が暗い。サンシャイン通りを抜けて西友で夕飯の買い物。
夕飯、鶏つくね鍋、りんご。プレステ2で「大神」の続き。S家泊。
3月30日月曜日
志村けん、死去のニュース。
納豆ご飯。「ヒルナンデス」はココリコ遠藤の出演が最後の日。黒澤さん体調不良で休み。スタジオは無観客。芸能人たちは間隔をあけて立って話している。昼のニュースで、志村けんの追悼、金沢の兼六園は例年通り無料開放日と伝える。
『ポーの一族ぬり絵BOOK』ばらの花のコマをひとつ塗る。Sは次号の名画座かんペの表紙の版画制作。漢数字で「百」と彫る。
夕方、小腹が空き、朝飯の残りのご飯をチンする。Sはサバ水煮の缶詰、わたしはふりかけ味道楽をかけて食べる。
18時過ぎ駒込の青いカバに向ってSと歩きはじめる。弦巻通りから護国寺へ、不忍通りへ出てまっすぐ。人も車もいつもとそう変わらなく見える。途中のセブンイレブンで缶ビールを買い、Hが店番をする青いカバへ差し入れ。Sは『石原吉郎詩文集』『ビリー・ザ・キッド全仕事』、わたしは入り口横に並んでいた鹿児島の陶器を買う。自粛要請があったら店を閉めるか、とOが聞き、閉めない、とSが答える。
護国寺のマルエツで夕飯の買い物。カップラーメン、乾麺、パスタソースなどの棚はすかすか。セブンイレブンでトマトピューレと焼き鳥、スパイシーチキンを買う。夕飯はミートソースとサラダ、焼き鳥とスパイシーチキン。
夜、小池都知事が緊急会見。なんて言ってた?とテレビを見ていたSに聞くと、夜外に出ちゃだめだって、と。マジでそんだけかよ、とテレビを見たらマジでそんだけだった。
huluでドラマ「すいか」第1話観る。
ツイッターでは、自粛と補償はセットだろの#タグ。
M家泊。
3月31日火曜日
朝飯兼昼飯で納豆ご飯。食べてるときにごめんね、食べたら家の外に出て死ぬねずみ用の毒餌を買ってきた、と母が言う。ヒルナンデスは先週からの続き、チョコプラの沖縄旅行。
13時ごろ往来座へ。Sの昼飯を買いに出る。三升屋で揚げ鶏のみぞれ和え弁当、ローソンでホットコーヒーLサイズ。往来座に戻ると、ときどき買取りに呼んでくださる方がご来店。吉祥寺のブックスルーエで樋口くんの展示に飾られていた写真を見たとのこと。どこかで見た顔だと思ったら、と。展示「樋口毅宏の部屋」には雑誌『文藝春秋』の同級生交歓に載った樋口くんとわたしの写真が飾られている。見に行くよ、と樋口くんに言ったまま見に行けなかった。
ツイッターで、岐阜の徒然舎が4月から1ヶ月間の店舗営業休止のお知らせ。
三省堂と池袋西武を抜け、パルコの世界堂へ。西武のエレベーターには3月31日まで営業時間短縮のポスター。世界堂でダンボール板、フィキサチーフ、クロッキー帳を買う。S家で、買ってきたダンボール板で絵を梱包。大鳥神社横のファミマからクロネコで版元へ送る。
夜、再び往来座へ。店番はT。Sと池袋のヤマダ電機のなかにある電子タバコicosの直営店を見に行く。コロナの影響で試飲はできず。すぐ近くのgloものぞくがコロナのため臨時休業中。西口に出て各種の電子タバコを扱うvapeへ。buddyというメーカーが気になるが買わず。
駅周辺の飲み屋、チェーン店は昨日と変わらずほぼ開いている。人がけっこう入っている店を見ると、けっこー入ってんなーと思い、入ってない店を見ると、やっぱ入ってないなーと思う。
コ本やのだつおちゃんが書いてたんだけどさ、「世間の状況に個人の情感も流され、判断が難しい日々が続いています」って、でさ、ツイッターでりんてん舎さんが「絶望しすぎず、むなしい希望に酔うこともない」って大江健三郎を引用してて、そんでさ、広津和郎が「散文精神について」に書いてたんだけどね、あれ、メモしてたのに消えちゃった、とS。
サンシャイン横の西友で買い物。納豆と米の棚がすかすか。夕飯はホットプレートで焼肉。
古書ほうろうのツイッターで、台東区の特養で2人感染、一箱でお世話になっている特養とのこと。
「 都内の感染者数、1日で78人。クドカン、コロナ感染」のニュース。
本来なら、今日は19時から2時間、池袋ハンズ裏のスタジオペンタでボエーズの練習、練習後にサン浜名で軽く打ち上げ、明日ポポフェスのはずだった。
耕治人『一条の光・天井から降る哀しい音』。
M家泊。
4月1日水曜日
本来なら今日は渋谷の7th FLOORでポポタム15周年記念ポポフェス2020がおこなわれ、ボエーズは13時半からリハ、18時半から本番だった。ギターのSが初MC、ベースのFが「メンズクラブ」、わたしが「寝不足の猫」、最後は「吐く」をみんなで歌うはずだった。
雨。朝飯兼昼飯で納豆ご飯。ヒルナンデスでは水曜新レギュラーに阿佐ヶ谷姉妹。「桜坂」をハモりながら歌う。
往来座へ。Sの昼飯に、三升屋で生姜焼き弁当、ローソンでホットコーヒーL。近所に住むI夫妻ご来店。電子タバコについてのいろいろ、深呼吸で肺を鍛える、など。Sが店にあった広津和郎の本から「散文の精神について」の箇所をスキャンしてプリントアウトしている。ピンクのペンで線を引き、これ、ブログに載せるから。
ポポ番のhさんご来店。おじさんが作ったという新キャベツを一玉もらう。
夕方、改装中のポポタムへ。ポポ番有志で床のワックス塗り。塗り終わってから人との距離2メートルあけて缶ビールで乾杯。大村庵の出前でむじな蕎麦。秋田のKさんから届いた春霞をみんなで飲む。Kさんとライン電話。夜の店が並ぶ川反の街は閑古鳥が鳴いている、と。
飲んでるところでSから電話。もう、ビックリしたんだけど、ささまさんが店を閉めるって。
帰りに往来座に寄ると、S、N、Tがコロナビールを飲んでいる。「名画座かんぺ」100号、本日出来。
100円ローソンで買い物するTとKを外で待っていると、ローソンに搬入するトラックの運転手が、いやー池袋が空いてる空いてる、とこぼす。
耕治人『一条の光・天井から降る哀しい音』。
M家泊。
4月2日木曜日
晴れ。朝飯兼昼飯で納豆ご飯。ヒルナンデスではキッチンカーの特集。閉店ガラガラの岡田師匠とストーブさん。
往来座へ。Sの昼飯を買いに出る。三升屋で揚げ鶏のみぞれ和え弁当、ローソンでホットコーヒーLサイズ。
往来座で自転車を借り、神田川沿い、飯田橋、九段下、二重橋の前を通って銀座まで。銀座でhiさんの個展。絵ではなく写真展。志村けん、ヴァージニアウルフの家の木、本当にしんどいときにはガルシア・マルケスが効く、など。
5月に神戸へ行こうと言っていた仲間から、旅行延期のラインが届く。
銀座わしたショップで島らっきょとソーキそばを買う。
帰りは皇居沿いの千鳥ヶ淵経由で。人もまばら、ライトアップもない。千鳥ヶ淵ボート3月1日から営業休止の貼り紙。江戸川公園、神田川沿い、例年ならある提灯もなく、椿山荘へ出入りする人もほぼいない。
スーパー大倉で買い物。肉、パンの棚すかすか。トイレットペーパはまだ店頭にない。夕飯は、豚しゃぶと新タマネギのサラダ、島らっきょ、ソーキそば、りんご。
「東京都で新たに97人の感染者」のニュース。
プレステ2で「大神」の続き。
耕治人『一条の光・天井から降る哀しい音』。読み終わる。
M家泊。
人生、いい事ばかりはありゃしない
高知から堀内恭さんが発行する入谷コピー文庫が届きました。今号の特集は、大滝秀治人間劇場シリーズ第6回「人生、いい事ばかりはありゃしない」です。装画は山川直人さん、執筆者は、林哲夫さん、鴻野審さん、長田衛さん、廣谷ゆかりさん、とわたしです。わたしは「お湯と白バイ」という文章を寄せました。こちらに転載いたします。
「お湯と白バイ」
武田百合子の単行本未収録エッセイ集『あの頃』のなかに、「お湯」という短いエッセイが出てくる。夫・武田泰淳が亡くなったあと、一日中お湯に浸かっていた日々を書いたものだ。
「朝浸る。昼浸る。夕方浸る。夜と夜中に浸る。今日、お悔やみの電話をかけてくれた親切な誰彼のことを、その人が男であれば(丈夫だなあ。何故死なないのだろう)と、女であれば、(あの人のつれあいだって、いまに死ぬぞ)と、湯船の中で思ったりなどもする。」
あれは『あの頃』を読みはじめ、気に入った「お湯」になんどか戻り、読みなおしていたころだった。
2月の頭に控えた展示のために、その日も絵を描いていた。外が暗くなるまで描いてから絵の道具を片付け、家の近くの古本屋にいつものように顔を出した。
1月13日は成人の日で月曜日。古本屋は月曜日は夕方6時までの早仕舞いなので、すでに外の均一台は仕舞われ、入り口のガラス戸から暗くなった明治通りに明かりがもれている。いつものようにガラス戸を開けて入ると、いつもと違って店の中の二人が重い。
もう誰かから聞いた? Tさん、亡くなったって。と、帳場の顔がわたしに告げた。
一昨年だったか、古本屋の友人に誘われ、はじめて五反田の古書会館で催事のアルバイトをした。催事は二日間の開催で、その二日目にTさんはやって来た。一緒に帳場に入っていた月の輪書林さんが話しかけ、しばらく雑談していたが、あ、知ってる?これ武藤さん、と横にいたわたしをTさんとの輪に入れた。
その瞬間、Tさんは、下向きの合わない目線でこちらを一瞥し、苦手な人とは話さないことにしているんで、と言い捨てぱっと帳場から離れていった。
Tさんが見えなくなってから、なにかあったの?と月の輪さんが困った顔でわたしを見る。
だいぶ前、たぶん、酔っぱらってからんでいます、と情けなくなく答える。
だいぶ前を調べてみると、2008年の高円寺だ。コクテイルでおこなわれていた出版記念パーティに古本屋の仲間たちと乗り込み、入りきれないやつらが店の前の路上で飲みはじめ、そこにTさんもいた。薄いピンク色のセーターを着て、酒を片手に静かにひとりで立っていた。古本屋仲間に紹介され、そこでなにか話したはずだが覚えていない。覚えていないが、飲んで調子にのったわたしが、騒ぐか絡むかしたに違いない。
やったほうは覚えていないんですよね、やられたほうは忘れないけど。言い訳をこぼしていると、月の輪さんが笑って言い切った。武藤さんは、悪くないよ。
「とうとう、うちのお風呂だけでは物足りなくなり、電話帳を繰っては、渋谷、目黒、麻布、巣鴨と、料金の安いサウナを、せっせと試し回った末、東京駅構内の地下にあるサウナ浴場が気に入った。」
Tさんの訃報は古本屋で聞いた翌日流れた。わたしは会う人ごとに、どこでTさんの訃報を知ったかを聞いていった。
大阪にトークショーを聞きにいってるときに連絡が来て、トークを聞いてる場合じゃないんだけど、ボトルでワインを頼んじゃってて。
前橋の文学館で萩原恭次郎の展示を見ていたら携帯電話に着信があってね。知らない番号だから出なかったんだけど、留守電が入っていて。Tさんのことで至急ご連絡したいことがありますって。
店に入ってくるなり、聞いた? Tさん亡くなったって、って大声で。他にお客さんもいるのに。それってどうかと思って。まだ公になってもいないのに。
たいてい知り合いの編集者からメールや電話で連絡がいき、受け取る側は日常にいた。その日常を聞き集めると、なぜだか気持ちが落ち着いた。
「お昼前にやってくるのは、大方が水商売のおねえさんたちだった。」
「昨日易者にいわれた男運について、きっと買わずにはおかぬ四十万円のワニハンドバッグについて、お互いにつっけんどんな調子で、しかものんびりとしゃべっている。」
あれから五反田の古書会館で、催事のアルバイトをなんどかした。Tさんは決まって二日目に現われた。月の輪さんや馴染みの古書店主たちと話す姿を眼の端に入れ、近づかなかった。この世を雑に浮かれて走っていると眼の端に入る、白バイみたいな人だった。その白バイがあっけなく、この世の端から消えてしまった。
「未亡人になりたての、六年前のあのひと頃は、体力がおちた分だけ、気分をやたらと昂揚させて暮らしていたのだと思う。昂揚しっ放しだった。一足ちがいでバスに乗り遅れると、次の山王下バス停まで、洗面道具をふりたくり、髪をふり乱して追い駈け、追いついて乗った。知人や友人にねんごろにいたわられると鬱陶しく、あたりかまわぬ気迫に充ちたおねえさんたちに混っていると心地よかった。」
「お湯」はここでぱちんと終わる。