断片日記

断片と告知

勝手口から入りませんか

2月の半ば、展示「犀星スタイル 武藤良子原画展」開催中の金沢の室生犀星記念館を訪ねた。搬入のとき、トークショーのときと合わせて、会期中3度目の金沢だ。1度目2度目に訪ねたときは、記念館のような大きな場所で展示するという固まりがまだ飲み込めず、3度目にしてようやく、ごくんと腹の底まで落ちていった気がする。

1階は常設展で、展示「犀星スタイル」は2階で行われている。ガラスケースの正面を観ると、まず額装された絵が眼に入り、下を観ると犀星が実際に使っていた雑貨や食器が並び、その周りに犀星や娘の朝子さん、孫の洲々子さんの書いた文章が並ぶ。

例えば、煙草を吸う犀星の絵の下には、犀星が愛用していた煙管、吸い口、ライターが置かれ、朝子さんの著書から煙草を吸う犀星の描写が引かれて展示されている。絵、愛用の品、文章と、いつもとは違う三方向から作家を照らし立たせている。

 下記の「勝手口から」は、来館者へ配る冊子へわたしが寄せた文章だ。犀星の作品にたびたび登場するタータンチェックの毛布。それがどれだけ厚ぼったいのか、色が鮮やかなのか、わたしはこの展示ではじめて知ることができた。洲々子さん、学芸員のSさん、スタッフのみなさんが開けて見せてくれた室生家の勝手口から犀星と出会うこの面白い試みは3月8日日曜までです。

室生犀星記念館

 

 

「勝手口から」

わたしと犀星を結んでくれたのは、金沢の版元・龜鳴屋の勝井さんだ。2016年の早春、『をみなごのための室生家の料理集』へ挿絵を描きませんか、と勝井さんから依頼のメールが届いたのがはじまりだった。

「武藤さんと犀星、これは合うなと。ささくれだってるけどナイーヴで、エロいけど純で、やぶれかぶれだけど周到で、猜疑的だけど寛容で、屈折しているけど風が通って、神経質だけど豪放で、とまあ、何かと似つかわしく思ったのです。」

一度も会ったことのない勝井さんから、はじめて届いたメールがこれだった。勝井さんがどんな人かは知らなかったが、龜鳴屋の名前は知っていた。金沢のひとり出版社、時代に埋もれていた作家を見つけ、こだわりの造本で再び世の中へ送り出す。そうして作られた本と龜鳴屋の名前は、わたしのまわりにいる本好きの人たちや、古本屋の店主の口からたびたびあがった。

挿絵の仕事を引き受けた。引き受けたが、わたしはそれまで室生犀星を読んだことがなかった。知っているのは教科書かどこかで読んだ「ふるさとは遠きにありて思うもの」の抒情小曲集くらい。『蜜のあわれ』はだいぶ昔に読もうと試み挫折していた。名前のうえに文豪とつく作家の作品は、わたしの頭で登るには高すぎる山のように思えていた。

やがて送られてきた資料には、犀星の孫・洲々子さんがおこした、室生家で作られ食べられていたレシピと、料理にまつわるエピソード、添えられた小さなイラストがあった。ボールペンか鉛筆かでくしゃっと描かれた卵焼きや豚のしっぽ。パウンドケーキの材料の小麦粉を体重計で計ろうとする犀星の娘・朝子さん。ストーブのうえの鍋をかきまわす犀星。作品を読むより先に、洲々子さんに開けてもらった台所の勝手口から、わたしは室生家に入っていった。

冊子 『犀星スタイル』の挿絵の依頼がきたのは勝手口から入った2年後だ。今度は、犀星の身のまわりのものを描く仕事だった。下駄、帽子、肌着と身につけるものから、整髪剤や煙草、部屋に置かれた骨董や机まわりの文房具、庭に咲く菖蒲まで、室生家の簞笥の中から庭の隅まで、とんとんとんと戸や引き出しを洲々子さんは開けて見せてくれる。

『をみなごのための室生家の料理集』と『犀星スタイル』、ふたつの絵の仕事をして、犀星のことを書いた朝子さんの文章や、朝子さんのことを書いた洲々子さんの文章を読んではじめて、この山は登っても息苦しくない、わたしにも登れる山かもしれないと思いはじめた。

少しずつ犀星の作品を読むようになった。『われはうたえどもやぶれかぶれ』は晩年の闘病記だが、病室でこっそり煙草を吸う場面が描かれている。『陶古の女人』は骨董蒐集の話で壷や飾り棚が出てくる。『杏っ子』にいたっては、モデルになった朝子さんから庭の苔まで、頁をめくるたびに、勝手口から簞笥の中まで見せてもらい知り合いになった顔たちが飛び出してくる。こうした読書ははじめてだった。

老作家と、自分を「あたい」と言う金魚の物語『蜜のあわれ』を読んでいるときだった。

「おじさま、もう、そろそろ寝ましょうよ、今夜はあたいの初夜だから大事にして頂戴。」

「大事にしてあげるよ、おじさんも人間の女たちがもう相手にしてくれないので、とうとう金魚と寝ることになったが、おもえばハカナイ世の中に変わったものだ、トシヲトルということは謙遜なこと夥しいね、ここへおいで、髪をといてあげよう。」

「これは美しい毛布ね。」

「タータン・チェックでイギリスの兵隊さんのスカートなんだよ、きみに持って来いの模様だね。」

「これ頂戴、」

「何にするの、厚ぼったくて着られはしないじゃないか。」

「大丈夫、スカートにいたします、まあ、なぜお笑いになるの。」

「だってきみがスカートをはいたら、どうなる、」

「見ていらっしゃい、ちゃんと作ってお見せするから。どう、あたい、つめたいからだをしているでしょう。ほら、ここがお腹なのよ。」

「お、冷たい。」

わたしはこのタータン・チェックの毛布を知っている。『犀星スタイル』の挿絵で描いた、赤地と黄色地のあのタータンだ。

わたしはのぞいてしまった初夜の寝室に、知った顔を見つけた。

 もしまだ、この大きな山を登らず見上げているだけの人がいれば、わたしのように勝手口から、簞笥の中から、入ってみるのはどうだろうか。見ていたときよりもこの山はずっと優しく、そしてわりと頻繁に、寝室の戸が開いている。

まどのむこう

野獣派、フォービズム、という絵の表現を知ったのは絵の学校に通っていた20代のころだ。知ったばかりのころはブラマンクやスーチンの絵の激しさに焦がれたが、観続けていくうちに、やがて好みは野獣派に影響を受けた日本の画家たちへ移っていった。赤や緑の激しい色で描かれた外国の景色や人よりも、馴染みのある畑や松の木を柔らかい色で、それでいて大胆な線で描かれた景色は観ていて愉快だった。

野獣派に影響を受けた画家はたくさんいたが、なかでも中川一政と児島善三郎の描く景色が好きだった。伊豆の手前の真鶴には中川一政美術館があり、企画展にもよるが、行くと真鶴の海や伊豆の山々を描いた絵が何枚も観られる。児島善三郎の絵は、学生のころ新宿の小田急にあった美術館で、生誕百年だったかの展示でまとめて観ることができた。裸婦、花、景色、と観ていくなかで出会ったのが「アルプスへの道」という絵だった。

手前の畑、奥にそびえる巨大な山、ぐりんぐりんに描かれた大きな雲、山の緑や空の青さのうえに、夕方なのか、うっすら赤茶色がのっている。馴染みのある日本の小さな風景がこれでもかと大きく描かれた「アルプスへの道」は、桁違いだった。

いつかわたしも、海や山が見える場所に滞在してこうした絵を描いてみたい。

展示「まどのむこう」に誘われ、何を描こうか悩んだとき思い出したのが、学生のころ焦がれた野獣派の描いた風景画だった。わたしがいま絵を描いている場所は、雑司ヶ谷1丁目にある4階建ての4階の、サンルームのような小さな部屋だ。周りは低い建物が多い住宅街で、街中にしては空が広い。どこかに滞在しながら絵を描く金も余裕もないが、どこかに滞在しなくとも、目の前に広がる屋根屋根はわたしの小さな山たちではないか。

わたしの窓の向こうには、両脇に大きな木、あいだに小さな屋根の山が連なり、その向こうに大きな空がある。

 

「まどのむこう」

「窓のむこう」は外なのか内なのか。

どちらでもありどちらでもない’むこう’を描く展示です。

■展示作家

入江マキ、嶽まいこ、谷川千佳、MISSISSIPPI、武藤良子、山田心平

■展示期間

2020年2月7日(金)〜16日(日)

2月12日(水)のみ休廊

平日 1:00〜8:00pm

土日祝 1:00〜7:00pm

最終日は5:00pm終了

※2月8日(土)6:00pmよりオープニングパーティーです。差し入れ歓迎。どなたさまもどうぞ。

■場所

ブックギャラリーポポタム

171-0021 東京都豊島区西池袋2-15-17
03-5952-0114(電話のみ)

 

now / ただいまの展示 | ブックギャラリーポポタム|東京目白にある本とギャラリーのお店

金沢へ犀星を囲みに

市場の古本屋ウララの店主・宇田智子さんの書いた「金沢へ犀星を囲みに」が北陸中日新聞に掲載されました。一緒に歩いた金沢がこうして宇田さんのことばで書き残ることがとてもうれしいです。

【寄稿】宇田智子 金沢へ 犀星を囲みに:北陸文化:北陸中日新聞から:中日新聞(CHUNICHI Web)

金沢の室生犀星記念館での展示「犀星スタイル 武藤良子原画展」は3月8日日曜まで。期間中無休です。

室生犀星記念館

記念館では展示のグッズも販売しています。ネット通販もできます。

絵葉書 | オリジナルグッズ | ミュージアムショップ | 室生犀星記念館m

室生家の雑貨や犀星のお気に入りの道具を通して、ふだんの室生家が観られる奥行きのある展示です。そこにわたしの絵が添えられています。

 

東京の古本屋

はっちこと橋本くんの新しい連載がWEB本の雑誌ではじまりました。題して「東京の古本屋」、3日間の東京の古本屋滞在記です。第1回目は、古本屋の知人、としてわたしの断片日記にも登場する古書往来座です。今夏は東京オリンピックもあり、いつもにも増して変わっていく東京を、古本屋の日々の営みを通して眺めることができるのかと、連載の1年間がとても楽しみです。

はじめに - 東京の古本屋

古書往来座 1/2 - 東京の古本屋

痛風未満

昨年10月半ば、朝起きて便所に行こうと立ち上がったときだった。右足の甲が痛い。寝ているときには気が付かなかったが、立ち上がり甲に力が加わると激痛が走る。見ると少しだけ腫れている。転んだりひねったりした覚えはなく、あるとすれば日々飲んできた酒だけだった。夕方、スーパーまでの道のりでサッポロ黒ラベルを一本、帰り道で本搾りグレープフルーツ味を一本、夕飯を作りながら赤ワインの炭酸割りを何杯か。外に飲みに行けば生ビールからはじまりサワーや酎ハイを数杯あける。金沢で飲めばそこに日本酒が加わる。アルコールが入った水分を毎日1リットル以上、20年間こつこつまじめに飲んできた。まったく飲まない日は1年間で片手くらいしかない。

痛風になったかも。会う人ごとにこぼしたが、病気にしては自業自得が強すぎて、みんなどこか半笑いだ。区の無料の健康診断の時期と重なり、医者の問診でも、痛風かもしれません、とこぼしたが、尿検査の結果待ちだねー、とこちらもどこか半笑い。まぁ、飲み過ぎなければお酒は悪いもんじゃないからさ、たばこはひとつもいいことないけどね、と痛風の話はどこへやら、たばこをやらないことだけ褒められる。

昨年放映された「 テレビ千鳥」という番組で、芸人の千鳥が都内の喫煙場所を巡る回があった。たばこ好きの大悟が町のたばこ屋を訪ね、軒先にある灰皿を借りて煙をふかす。米屋とクリーニング屋を兼ねたたばこ屋、自家製のおにぎりとサンドイッチを売るたばこ屋、中で酒が立ち飲める角打ちスタイルのたばこ屋。

ぜんぜん売れない、来年もっと厳しくなってくみたいよ、オリンピック、外に灰皿も置けない、とたばこ屋のおばちゃんと大悟が嘆く。「角のたばこ屋」ということばも景色も、そう長くないのかもしれない。

子どものころ、父や祖母が吸うたばこを近くのカドヤまでよくお使いに行った。雑司ヶ谷にあったカドヤは、名前通り明治通り沿いの角にあったスーパーだ。父はチェリー、祖母はセブンスターを吸っていた。ときどき散歩も兼ねて祖母も一緒にカドヤまで歩く。祖母のお気に入りのライオネスコーヒーキャンディと便所紙のチリ紙も買う。ごわっとした四角い紙を重ねたチリ紙はわたしの背丈くらいもある。ぐらぐらするチリ紙を胸に抱えて歩く帰り道、赤いキャンディの包み紙、「7」の形に並んだ銀色の小さな星たち。思い出すと胸のどこかがちりちりと鳴る。祖母も亡くなり父も亡くなり、だいぶ前にカドヤもセブンイレブンに変わった。

 昨年11月、鴬谷で待ち合わせ、千束の鷲神社へ酉の市を見に行った。ザキ先輩とはっち、瀬戸さんとわたし、途中の酒屋で缶ビールを買って飲みながら歩く。この辺をよく自転車で走るザキ先輩を船頭にして。ちょっと寄り道して行こう、と船頭が向かった先は、お気に入りの場所だという大きな鳥居のたもとに置かれた灰皿だった。鳥居の横には酒屋を兼ねたたばこ屋がある。ザキ先輩と瀬戸さんが煙をふかしている間、わたしは奥の神社をのぞきに行く。小野照崎神社。暗い境内の奥で女がひとり、頭を垂れて手を合わせたまま動かない。入り辛くてすぐ灰皿まで引き返す。鳳神社の酉の市は、ひとの欲望を貼り付けまくった熊手が金色の回廊のようにどこまでも続く。暗い境内にひとりいた女もどこかの欲望に手を合わせていたはずだが、金色の熊手を振りかざす華やかさとは真逆の、黒い小さなシミみたいだ。

女の熱心さのわけが知りたくて後日調べると、学問、芸能、仕事にご利益があり、売れる前の渥美清が好きだったたばこを断って願をかけ、『男はつらいよ』の寅さん役がついたことで知られるようだ。禁煙を誓った神社の鳥居のたもとに置かれた灰皿から、そんなことは知らないザキ先輩と瀬戸さんの吐いた煙がのぼっていく。

 1ヶ月後に送られてきた健診の結果、尿酸値はいたって普通。酒もたばこもやらないに越したことはないが、やればやっただけの忘れられない空も見られる。

二日目のカレー

まだ要町そばの廃校になった小学校の理科室で絵を描いていたころ、描くのに飽きると近くのかえる食堂に逃げた。かえる食堂ができて間もないころだ。『銭湯断片日記』にも出てくるが、はじめからみどりのカレーばかり食べている。野菜とかみどりとか、日頃を正してくれそうなものに昔から弱いのだ。

みどりのカレーには、季節ごとに違う野菜が入っている。大根、ごぼう、とカレーではあまり見ない野菜に、カレーとは別の下味がきちんとついている。ごぼうの甘塩っぱさがスパイスの効いたルーとよく絡み、ごぼうの歯ごたえとともに食べることそのものが楽しい。

寒くなると、考えるのも面倒なので、週に2回か3回は夕飯に鍋を作る。よく行くスーパーは入ってすぐのところに季節のお買い得の野菜が並ぶ。ほうれん草、大根、ネギ、その日の気分をカゴに放り、魚と肉と豆腐の棚を回ってレジへ行く。土鍋を火にかけ、昆布だしの粉とか白だしとかであっさり作り、馬路村のポン酢で食べる。

あっさりしてても週に3回も食べればさすがに飽きる。鍋の底に肉や野菜がまだあるし、なによりいろんな味が染みでた汁がもったいない、が手が止まる。具沢山の汁を一晩寝かせて考えた。そうだカレーにすればいいんだ。

具が多ければそのままジャワカレー中辛のルーを入れて煮る。少なければ適当に具を足してやっぱりジャワカレー中辛のルーを入れて煮る。鍋の底の大根とかネギとかエノキとか豆腐とか、ふだんカレーには入れない具にためらいがないのは、かえる食堂のカレーが先にあるからだ。何が入ってても包み込むカレールーはえらい。そしてたいていうまい。

うちで二日目のカレーといえば、作った翌日のカレーではなく、鍋の翌日のカレーを指すようになった。我が家の二日目みどりのジャワカレーもなかなかの味、と、年末の最終営業日のかえる食堂を訪ねてみどりのカレーを食べた。別物のうまさだった。

 

 

2019年でした。

今年4月、はじめての本『銭湯断片日記』(龜鳴屋)が出版されました。雑誌と書籍で絵の仕事をいくつかしました。入谷コピー文庫に文章を寄せました。11月から金沢の室生犀星記念館で展示「犀星スタイル 武藤良子原画展」が開催中です。

退屈くんに教えてもらった「本読み河出スタッフが選んだ、2019年の本(他社本もあるよ!)」。中山さんに『銭湯断片日記』を取り上げていただきました。

本読み河出スタッフが選んだ、2019年の本(他社本もあるよ!)|Web河出

今年最後の絵の仕事は、東京旅館協会発行の「東京旅館手帳」。外国からの旅行者用の冊子に、ゴム版画を彫りました。東京の旅館で12月から無料配布しています。

来年も絵と文章をかいていきます。

#TIMELESS_ RYOKAN in TOKYO | 日本旅館協会 東京都支部

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