断片日記

断片と告知

王冠

女子校という場所は、女王様の住む場所だ。強い女王様、弱い女王様、楽しい女王様、勤勉な女王様、それぞれがそれぞれの王国に住み、頭の上に王冠を載せて生きている。
他人の頭の上の王冠はよく見えるが、自分の王冠はよく見えない。もしかしたら、私にだけは、王冠がないのかもしれない。
そんな場所で、13歳の私とUさんは出会った。私には、Uさんの王冠は、どの女王様の王冠よりも立派に見えた。Uさんとはいろんな話をした。美術の話、ダンスの話、ファッションの話、文学の話、そして映画の話。
学校の帰りに寄り道をして、名画座やミニシアターに行くのが楽しかった。真夜中から朝まで、狭山湖に架かる橋に寝そべり、ペルセウス座流星郡を見たことも忘れられない。いたばし花火大会を荒川土手に寝ころがりながら見るのは夏の恒例だった。大晦日の夜、横浜の山下公園に行き、年越しを知らせる船の汽笛を聞きながら、爆竹の雨の中で騒ぐのは冬の恒例だった。
Uさんと観た映画のほとんどが私には難しかったが、隣りに座って観ているだけで幸せだった。その瞬間だけ、私にもUさんと同じ王冠が頭の上にあるような気がしたからだ。
ある日、言葉がするりと口からこぼれてしまった。Uさんはいいね、と。しばらくの沈黙のあと、あんたは自分のことが何にもわかっていない、とポツリと返された。
20歳を越えた頃から、Uさんとは疎遠になった。別々の学校の、別々の友人たちと過ごす時間が多くなったからだ。そして20代も半ばを過ぎると、直接会うことも、電話で話すこともなくなった。
20代の終わりに、ダンスの公演を観に行った。たしか1999年、ピナ・バウシュとヴッパタール舞踊団の公演だ。会場は、彩の国さいたま芸術劇場で、埼京線与野本町駅から歩いて数分の場所にある。
アルバイトを終え、埼京線に飛び乗り、劇場に向かった。奮発して買ったチケットを握り締め、席にすべり込んだのは公演開始ぎりぎりの時間だった。
終わったあと、しばらくは席を立てなかった。すぐに立ち上がると、いま観たものがこぼれ落ちそうで、怖かった。劇場が静かになるまで待ち、そっと立ち上がり出口に向かった。出口には、Uさんが立っていた。
私よりも後ろの席で、私よりも早い時間に入場していたので、慌てて通路を歩き前の席に座る私の姿がよく見えた、と言って笑っている。
駅までの道を並んで歩く。歩きながら、いま観たばかりの、ピナ・バウシュの手の動き、足の動きを、不器用に真似したりする。感想を言い合っているうちに、駅に着く。埼京線で私は池袋まで、Uさんは少し手前の駅まで行く。自分の駅に着き、それじゃ、とUさんはホームに降りていく。まるで一昨日も昨日もずっと毎日会っていたかのように、後ろも振り向かずに。
頭の上に王冠さえあれば、Uさんとはまたどこかで出会えるのだろう。いつどこで出会うかはわからないが、そのためには、あるかないかもわからない自分の王冠も磨き続けなくてはならない。
数日前の新聞で、ピナ・バウシュの訃報を知り、思い出したので書いておく。Uさんとは、それ以来会っていない。