断片日記

断片と告知

さくらんぼの実る頃

岡崎京子の漫画「東京ガールズブラボー」を久しぶりに読む。「東京ガールズブラボー」は、とーちゃんとかーちゃんがリコンしてトーキョーに住むことになりました、ツバキハウスと屋根ウラとピテカンのあるトーキョーに行けるのよ!!パパママリコンしてくれてありが十匹、と親の離婚なんかより、夢のテクノポリスヒステリックシティ、な東京に住むことがうれしくてたまらない、あたし金田サカエ、フロム・サッポロ・シティ、の上京物語だ。漫画の中の時代は、永遠の1980年代初期。
サカエちゃんの行きたい場所。ラフォーレ、原宿プラザ、ミルク、竹下どーり、キーウエスト・クラブ、サンドイッチのバンブー、キディランド、カフェ・ド・ロペ、ハニワのお花屋さん、古着のフェイク、アカフジ、ア・ストア・ロボット、佐賀町エキジビットスペース、ハリラン、ホームズ、ピナコラーダ、パノラマ、ヒルサイドテラス、パルコパート3、ナイロン100%。
そんなサカエちゃんに一目惚れするクラスのネクラな男子・犬山のび太君。かすかに聞こえるウォークマンのあのリズム、あれはスログリかキャブスだ、きっとPILなんかも好きなんだろうな、ビックリハウスは読んでるかな、テクノはどーだろう?、ヘブンなんか読むのかな?、とウォークマンを聞きながら教室で早弁を食らうサカエちゃんを、君は僕のアーバン・プリミティブ・エンジェルだ、と見つめている。
漫画の中に溢れる80年代の単語の羅列。80年代がまだそこにあった頃、読んでいてなんとも思わなかった言葉たちが、久しぶりに読み返すと胸にくる。無くなった店や場所もあれば、いまだに健在なもの、あるけれどもあの頃の輝きからは遠いもの、もあるが、雑誌や本で見ていた憧れの場所やものに、はじめて接したときの、緊張、昂揚、落胆、なあの気分を、単語のひとつひとつが思い出させる。
ツバキハウスのロンドンナイトで再会するマーキン。サカエちゃんが好きになる名前も知らない男の子。その場所に行けばいつでも会えると思っていた人たち、行かなくなったらどこの誰かもわからなくなってしまう人たち、そういう人たちがたくさんいた。会えなくなってはじめて、名前も住所も知らず、呼び名しか知らなかったことに気づく。
わたしとあの時代を一緒に過ごした、彼ら彼女らは、いまもどこかで元気だろうか。わたしは元気ですよ。なんといまだに絵を描いていて、しかもそれでなんとか食べていますよ。この漫画を読んでいると、いまどこにいるのかもわからない、彼ら彼女らに向かって、叫びたくなる。