断片日記

断片と告知

「火星の庭」前野さん

アトリエで掃除をしていると電話が鳴った。古書現世のパロパロ向井だった。今晩前野さんと飲むけどどうする?行く、と即答した。電話を切ったあと、待ち合わせの時間まで掃除の続きをしたが、たびたび手が止まり、気づくとぼんやりしていた。会いたいのか、会いたくないのか、前野さんの顔を見るのが少し怖かった。
高田馬場で待ち合わせ、立石書店の岡島さん、パロパロ向井と高円寺に向かった。高円寺駅の改札を出ると、「火星の庭」の前野さんと魚雷さんが立っていた。前野さんは、笑って手を振っていた。
5人でコクテイルで飲んだ。前野さんに仙台の話を聞いた。「火星の庭」店内は、本棚がまったく崩れなかったこと。棚の上にのせていた本は数百冊落ちたが、痛んだ本は1冊だけだったこと。電気と水は復旧したが、ガスと下水がまだなこと。地震の日、今日は夜の営業できないなー、くらいに思っていたこと。停電でテレビも見られないので、津波の被害は翌日わかったこと。「火星の庭」が、しばらく避難所になっていたこと。避難している人たちの、海のそばに住む肉親の安否情報を調べるため、ずっとパソコンに張り付いていたこと。誰かが肉親と連絡がとれても、違う誰かの肉親の安否がわからなければ、素直に喜べないこと。携帯電話を握りしめている遺体が多いらしいこと。塩竈にある長井勝一漫画美術館は無事だったこと。ほかにも、もっとたくさんの話を聞いたが、書けないことも多い。
終電がなくなり、魚雷さんの仕事部屋に、前野さんとパロパロ向井と3人で泊まった。たいして飲まないうちに、酔いつぶれて寝てしまった。4時過ぎ、始発がでるころ、パロパロ向井に起こされて、布団で寝ている前野さんを残し、電車で帰った。帰り道、空がゆっくりと明けていく。前野さんの顔を見たら、泣くかもしれない、そう思っていたが、前野さんが笑ってくれたので、笑い返すことが出来た。前野さんは今日、新潟経由で仙台に帰る。前野さんが、「火星の庭」が、無事で本当によかった。
火星の庭」は、4月2日から営業を再開しています。
http://kaseinoniwa.com/