断片日記

断片と告知

わたしの台所

アトリエのあるアパートの裏には空き地がある。住宅密集地にぽかりと、柵で囲まれた小さな原っぱがある。真ん中に、おそらく姫りんごの木、端に大きな銀杏の木と欅の木、ほかに名前のわからない木が何本か伸び、その周りの地面をハナニラとムラサキハナナが埋めている。不思議とタンポポは見ない。
よく猫が寝ている。毛並みの似た2匹が丸くなっている。似てない1匹が離れて寝ている。アトリエの台所の窓から、よく見える。
絵を描いていて夕方になる。部屋の端の冷蔵庫に気持ちが向かう。冷蔵庫の中には、缶ビールと缶チューハイがいつでも、切らさないように、冷えている。何時になったら飲みはじめようか、陽が落ちてくると、そんなことばかり考える。
絵の道具をたたみ、今日1本目の缶ビールを開ける。気に入りのグラスに注ぎ、空き地で寝ている猫を見ながら、ハナニラの匂いを嗅ぎながら、飲みはじめる。窓の外に顔を突き出すと、花の匂いが強く香る。網戸を閉めていれば、網戸の青い小さい四角からもれて匂う。
つまみは何を作ろうか。残っているカブでサラダを、カブの葉っぱはゴマ油で炒めようか。カブを切って塩でもむ。缶ビールが1本空き、2本目に手が伸びる。
気に入りの中華鍋から買わなきゃよかったと思う皿まで、この台所はわたしのものだ。生まれてはじめて手に入れた、自分だけの台所が、いとしくてたまらない。今日は何を作ろうか。家からアトリエまでの道すがら、八百屋肉屋魚屋の前を歩きながら考える。