断片日記

断片と告知

石神井書林目録100号

絵の展示でお世話になっているブックギャラリーポポタムの大林さんと古本屋の石神井書林の内堀さんは、子どもたちが同じ時期に同じ保育所に通っていた父兄仲間だ。内堀さんが発行する次号の古書目録に題字を描いて欲しいと、大林さん経由で内堀さんから連絡がきたのはそうしたわけだ。よろこんで返信すると、大林さんがこんなことを言う。
「はじめてムトーさんに会ったときカンチョーされたって内堀さん言ってたよ。」
鬼子母神参道のキアズマ珈琲で内堀さんと打ち合わせをした。夏に内堀さんのお父さんが亡くなったこと、子どものころ住んでいた練馬区関町で東京オリンピック聖火ランナーを見たこと、次号で100号になる古書目録のこと。ひとりで聞いているのが惜しいような時間が流れていくが、大事なことを確認したい。
わたし、いつ内堀さんにカンチョーしましたっけ?
2013年4月29日。水道橋近くの編集室屋上でトークイベント「古書より野球が大事だと思いたい〜夢のオールスターゲーム〜」がおこなわれた。ゲストは野球好きの古本屋、石神井書林、古書赤いドリル、青聲社の3人だった。赤いドリルの那須さんが、亜細亜大学のユニフォームを着ながら大学野球の面白さを熱く語っていた。小さな会場で、参加者も知り合いばかり、そのまま近くの居酒屋に流れて打ち上げをした。その帰り際、地下の居酒屋から地上へ出る階段の途中で、わたしは前を歩く内堀さんにカンチョーをしたらしい。ちょうどいい目の高さにケツがあったのか、酔って調子にのったわたしがいかにもやりそうなことだ。
ぼく、ムトーさんの描く字が好きなんです。北園克衛やボン書店のような装丁はもちろん好きだけれども、100号目になる目録の装丁はそれじゃない。破壊のためにはムトーさんが描く字が必要なんです、破壊、破壊を、と、わたしにカンチョーされた男が繰り返す。
打ち合わせから数週間後、クロッキー帳に数冊分たまった文字をキアズマ珈琲で手渡す。石神井書林、古書目録100号、2017.1、特集練馬区関町、小山清太宰治井伏鱒二小沼丹木山捷平上林暁庄野潤三尾崎一雄他、村上一郎、内堀さんから頼まれていた文字は以上だ。数冊分の分量にまず唸り、次に1枚1枚ページを繰りながら食いつくように文字を見ていく。
「ムトーさん、小山清の本、読んだことありますか?」
ないです、と小さく答える。
「そういう人でないとね、こういう字は描けないんですよ。」
2017年1月15日、出来上がった目録が届く。100号目の特集は練馬区関町に住んでいた作家たちと村上一郎だ。特集は練馬区関町の作家のひとり「小山清・房子往復書簡」からはじまる。
「昭27年1月、亀井勝一郎宅にて小山清(40歳)と関房子(22歳)は見合いをした。その後、挙式(4月)迄の間に交わされた二人の往復書簡。」
見合いから結婚、夕張炭鉱、太宰治の尽力、庄野潤三からのラジオ原稿の依頼、2度の芥川賞候補、関町への引越し、木山捷平が自転車で運んでいった庭の植え木、脳血栓失語症、妻の自殺、小山清の死、遺されたふたりの子ども。発行年順に掲載された書簡、葉書、著作に細かく書かれた注釈をたどっていくと、どんな人かも知らなかった小山清が目録のなかで立ち上がってくる。
1930年代に雑司ヶ谷にあった小さな出版社に光をあてた、内堀さんの著作『ボン書店の幻』を読んだときのことを思い出す。書名や本の状態、古書としての値段を1行にまとめた従来の古書目録とも、本の裏に値段を書きジャンル別に並べて売るのとも違う、練馬区関町で過ごした自身の子ども時代を絡めながら作家たちを紐解いていく、こうした古本の売りかたがあるものなのか。
古本屋を営む知人にそんな話をしていると、いまさらかよという顔をされる。
石神井さんは、背表紙ばかり並べたような古書目録のなかで、本を面出しにした最初の人だよ。」
内堀さんからきた依頼のメールを読み返す。わたし自身が、石神井書林目録100号に絡めたたことによろこびながら。
「今年の夏、老父が亡くなりました。
父は普通のサラリーマンでしたが私が大学を除籍になり、古本屋をはじめたときも批判めいたことを言うことは一度もありませんでした。
その父が亡くなって、100号という区切りを迎えることにいくらかの感慨がありました。
いま、初心のようにこの目録を作っています。」



石神井書林目録100号は都内2店舗、ポポタム、Titleで販売しています。

■ブックギャラリーポポタム
〒171−0021 東京都豊島区西池袋2−15−17
TEL. 03−5952−0114
営業時間、定休日は展示によって異なります
http://popotame.net/

■Title
〒167-0034 東京都杉並区桃井1-5-2
TEL. 03‐6884‐2894
営業時間:11:00 - 21:00
定休日:毎週水曜・第三火曜
http://www.title-books.com/


※1月26日追記
南池袋の古書往来座でも販売開始いたしました。
古書往来座
東京都豊島区南池袋3-8-1-1F
TEL・FAX 03-5951-3939
営業時間:12時半ごろから22時
月曜日のみ18時まで