断片日記

断片と告知

タテバ

数年前、古本屋を営む知人の車に乗せてもらい、タテバと呼ばれる場所に連れて行ってもらったことがある。車を西に走らせ数十分、豊島区の端っこなのか、それとも練馬か板橋辺りなのか、住宅地のなかに唐突にあった。道の向かいは学校の校庭で、タテバの横は白く大きなマンションだった。タテバの入り口に、近所の人が持ち込んだのか、雑誌やカタログの入る紙袋がふたつみっつ転がっていた。
車を寄せると、インドか中近東辺りの顔立ちの、褐色の肌の男が近寄ってきた。手に鎌のような棒を持ち、無言で車を誘導し、所定の場所に停めさせる。見ると、近くの壁にかけられた電光掲示板の数字が点滅し変わっていく。車に人と本を乗せたまま、総重量を量っているのだ。動物園の象舎に象の体重を量るこうした仕掛けがあったなと思い出す。
量り終えるとまた車を誘導し、今度は車のケツを大きな穴のそばに寄せるように停めさせられる。後ろのドアを開けたと思うと、男が手と鎌で一気に本をかき出していく。店で売れ残りはぶかれた本や雑誌たちが、穴に向かって落とされていく。その際プラスティックのものは丁寧に取り除かれる。穴に落とされた本たちは、突起のあるベルトコンベヤーに引っかかり、少しずつ2階に運ばれていく。ここから2階の先は見えないが、本、雑誌、カタログなどを固め結束させた身の丈ほどの立方体が、タテバのあちこちに積まれている。
膨大な本が穴の中と穴の周りに落ちている。男が周りに落ちた本を穴の中に蹴りこんでいく。わたしより十か二十か上だろうか、いつの間にか現れた女が落ちた本を物色し抜いている。自分が関わった本や雑誌がないことを願いながら、かき出され蹴りこまれていく表紙を見つめる。ここは本の終わり、再生紙のはじまりの場所だ。
空になった車に乗り込み、また重量を量る。電光掲示板に、かき出される前と後の差、本の重量が表示される。紙の相場によって値段は行くたびに変わるという。そのときは1キロ5円だったか、車の荷台に目一杯詰め込んだ本の値段は6千円だった。
知り合いにここを教えてもらい通うようになって、はじめは金もなにももらえなかった。顔を覚えてもらい、無言で量りに誘導されるまで、1年くらいかかったかな。バングラディッシュ人の親方みたいな人はずっと変わらないね。バングラディッシュ人かどうか、本当は知らないけれど。
タテバを出るときむき出しで6千円もらう。入るときには気づかなかった、入り口横の事務所の上に、都心では珍しい丸い穴がいくつも並ぶ大きな鳩小屋が乗っかっているのが見えた。どこのタテバも同じ仕組みかどうかわからない。褐色の肌の男は最後まで何も話さなかった。