断片日記

断片と告知

雑司ヶ谷番外地

雑司ヶ谷で生まれ育ったわたしの、知らない雑司ヶ谷を知る人たちがいる。鬼子母神通りで開催される古本フリマみちくさ市で知り合った、石丸元章さんとピスケンさんだ。石丸さんは自身の薬物使用体験を基にした私小説『SPEEDスピード』や、ハンター・S・トンプソンの『ヘルズエンジェルズ』の翻訳など、少々怖い世界を中心に幅広く活動しているライターだ。
ピスケンさんは本名を曽根賢といい、ドラッグ、刺青、人体改造や死体まで、幅広いカウンターカルチャーを取り上げた雑誌『BURST』の元編集長で、いまは作家として、自身が発行する冊子『The SHELVIS』に小説を発表している。
このふたりがなぜか雑司ヶ谷に、それも路地を挟んでお向かいに住んでいる。鬼子母神へ向かう参道の入り口に、七曲がり、と呼ばれる車一台も抜けられない路地がある。その中ほどの一軒家に石丸さんが、向かいの風呂無し共同便所のアパートにピスケンさんが住んでいる。先に住みはじめたのは石丸さんで、ピスケンさんの引越し当初、あまり近寄らないように、と大家さんに釘を刺されたお向かいが、旧知の石丸さんの家だった。
わたしは一度、石丸さんの家にお昼をよばれたことがある。外からは普通の一軒家に見えたが、よく見ると玄関の表札の脇に蝉の抜け殻がいくつもいくつも貼られている。扉を開けると、グラフティのような絵で壁が埋めつくされ、棚にはごつい革製品やよくわからない器具、現代美術の作品のようなものまでみっしり置かれている。アメリカかどこかのヒッピーの家に迷い込んだような、しかしその中で出されたお昼は、石丸さんお手製のカレーとお好み焼きだった。うまいでしょ、と高校生の男の子みたいな顔をして笑っている石丸さんの袖口から、びっしり彫られた刺青がのぞいている。鮮やかな腕を触らせてもらうと、墨の感触も毛の感触も、何もなかった。
夜深い時間まで飲んだ帰り、ときどき暗い顔をした石丸さんを見かけた。うつむいたまま都電の踏切を越えてどこへ向かっていくのか。そうして雑司ヶ谷を踏んでいく石丸さんに、わたしは声がかけられない。
数年前に石丸さんは雑司ヶ谷を出てしまったが、ピスケンさんは変わらずアパートに暮らし続け、雑司ヶ谷での日々はブログ鬼子母神日記に詳しい。6畳一間の窓辺には薬味のプランター、隣りの庭ののびた枝から落ちる八朔の実、池袋西武の屋上や雑司ヶ谷霊園で一杯やるときに持っていくつまみや弁当、胸に挿していくクレソンの葉っぱ。連続飲酒や膵炎、黄疸のような膿んだことばのなかに、量や値段まで細かく書かれた食べものの話が色鮮やかに踊っている。ときどきブログの更新が止まるのは、病んだ体と糠床にさえ何もなくなる暮らしのせいだ。
先日、鬼子母神の御会式で集まり飲んださい、体を寄せてきたピスケンさんに耳元でささやかれた。金、貸してくれない?3千円でいいから。向井くんには手持ちがないからって断られちゃってさ。飲み会に来ている数十人の中で、もっとも金のないふたりにどうして声をかけてくるのか。だからこそかけられるのか。何かに負けて財布を開く。今度会ったときに返すから、と右の耳にピスケンさんの唇が触れる。
私が生まれ育ったこの町と、石丸さんとピスケンさんが暮らす、暮らしたこの町が、同じ雑司ヶ谷なことがとてもうれしい。知ったつもりでただあぐらをかいていただけのこの町の、知らない扉をふたりに開けてもらおうと思う。
ピスケンさんのブログ鬼子母神日記:https://ameblo.jp/pissken420/

みちくさ市トーク
***   雑司が谷番外地〜どうせ俺らの行く先は〜   ***
石丸元章×曽根賢(ピスケン)×武藤良子イラストレーター)
■開催日時
2017年11月19日(日)
13:30〜15:00(開場13:10〜)
■会場
雑司が谷地域文化創造館 第2会議室
〒171-0032 東京都豊島区雑司が谷3-1-7
■入場料
1000円 ※当日お支払です
トーク予約と詳細はこちら
http://kmstreet.exblog.jp/18596651/