断片日記

断片と告知

靴下の穴、その2

靴下の話で思い出したことを書いておく。絵の学校に通っていた頃、知り合った姉妹がいる。妹は花柄のスカートがよく似合う、ひと昔前のアイドルのようなかわいらしい顔。姉はギリシャ彫刻のように整った顔で、その濃い顔にジーパンとTシャツがさっぱりとよく似合っていた。ある日、その美人姉妹の妹のほうに家に招待された。中央線の少し奥地、駅からしばらく歩いた小さな川沿いの公団が姉妹の家だった。どうぞ、と招き入れられたその家の中は、洗濯ものや脱ぎ散らかされた衣服が部屋のあちこちに山になり、日用品もそこら中に転がり、数ヶ月は全く掃除をしていないのが一目でわかった。ごめんね汚くて、そんなどうでもいい言い訳は妹の口からは出ず、花柄のかわいらしいスカートをはく彼女の足元を見ると、靴下には大きな穴があいていた。その部屋で、なにか飲んだのか、なにか話したのか、よく覚えていない。ただ、人を招く時は掃除をするものだと、靴を脱ぐときは穴のあいた靴下は履かないものだと、そう思い込んでいた自分がやけに小さく馬鹿らしく思えたのを覚えている。考えてみれば、部屋の掃除も、穴のあいてない靴下も、誰かのためにするというよりは、自分を少しでもよく見せようとする、つまらない言い訳に過ぎない。それがわかっていながらも、いまだに部屋に誰かが来るときは掃除をし、座敷にあがるときは穴のあいてない靴下を履く。そのたびに、花柄のスカートから伸びた足の、靴下から突き出た親指を思い出し、負けたと思う。