断片日記

断片と告知

複々々製Tシャツ

電車を乗り継ぎ、武蔵小杉まで。駅前でおにぎりを買い、川崎市民ミュージアムまで歩く。はじめて来た場所、めったに来ない場所を歩く時は、眼鏡をかける。次に来るのはいつになるか解らないので、どうせなら隅々まで見てやろうという貧乏根性が働くからだ。駅前には大きなビルと、そこに入るどこにでもあるテナントの看板。同じ顔した駅前ばかりが増えていく。武蔵小杉よおまえもか、とため息ひとつ。駅前で地図を見ると、美術館近くまで小川沿いを歩く道があるのでそちらに向かう。小さな川の周りに遊歩道があり、桜並木もある。まだ若い桜の木だが、これだけ数があれば満開の時はさぞ見事だろうと思われる。早咲きの種の白い桜が咲いてる。川には鴨が泳いでいる。春のうららのなんとやら。セメントで固められた川だけど、歩いているとなかなか楽しい。駅前から少し離れたこの辺りは、古い住宅や大きな寺が立ち並び、ここまで来て武蔵小杉の本当の顔をやっと見れた気がする。小川沿いを歩き、大きな街道に出ると、すぐに等々力緑地が見えてくる。緑地と書かれていたので、草木が茫々と繁る自然林のような感じかと想像していたら、ちゃんと整備された巨大な公園だった。球場やグランドや魚釣りの池、そして川崎市民ミュージアムもこの中にある。ミュージアム前の石段で、日向ぼっこをしながら、おにぎりを食べる。鮭とたらことおかか。おにぎり王道三種の神器にハズレなし、と買ったもののあまりおいしくない。おいしくないけど残したりもしない。こちらを見てあからさまに狙っているカラスにもあげたりしない。目をそらした方が負けとばかりに、見つめあいながらおにぎりを食べる。
今日、この美術館に来たのは「複々製に進路をとれ 粟津潔60年の軌跡」を見るためと、そのワークショップに参加するためだ。ワークショップは1時半からなので、まず先に展示を見る。展覧会のタイトルに使われている言葉「複々製に進路をとれ」は赤瀬川原平の言葉だ。すでにあるもの、新聞や写真、をコピーして作品を作る粟津潔は、この言葉をとても気に入っていたらしい。入ってすぐの壁には若い頃の油絵が並び、その後はグラフィックの作品が並ぶ。半円形の巨大なガラスケースに粟津潔のポスターが延々と並ぶ様は圧巻である。50年代から70年代の作品が特に面白い。作られてからすでに40〜50年の月日が経つのにも関わらず、その格好良さは一向に色あせない。展示を見終わり、まだ時間もあるので、常設展示を見に行く。常設展の特集は「戦後の作家たち」。スペースごとに、グラフィック、写真、漫画、映像と分かれている。グラフィックは永井一正の特集。写真は荒木経惟小川隆之、川田喜久治、篠山紀信森山大道高梨豊、土田ヒロミ、中平卓馬、森永純の特集。この中では土田ヒロミの写真に惹かれる。漫画は畑中純つげ義春の特集。畑中純木版画つげ義春は「必殺するめ固め」などの草稿が展示されている。そして映像は大島渚の撮ったドキュメンタリー映画の上映。盛りだくさんな上に、なんとも豪華である。所々にペン入れされているつげさんの原画を見る機会などめったにないのではないか。何も期待していなかった分、この豪華な常設展は面白かった。日曜だと言うのにガラ空きの美術館内を見て、もっと宣伝すればいいのにと、もったいなく思う。
1時半になり、ワークショップの場所へと向かう。「Tシャツ制作ワークショップ 粟津アートで複々製に挑戦!」と題されたこのワークショップ。粟津作品に使われているモチーフを使い、シルクスクリーンでオリジナルTシャツを作るというもの。シルクスクリーンを担当しているのは、田口セリグラフさんというシルクスクリーンの工房だ。田口さんと知り合ったのはたぶん2年前。飯田橋トッパン内にあるP&Pギャラリーで、紙に粟津作品を刷ってみよう、というワークショップをしていたときだ。シルクスクリーンに興味のあった私はそれに参加し、しつこくいろいろ質問し、興味があるなら遊びにいらっしゃい、と名刺をいただき、数日後ずうずうしくも深大寺そばの工房を訪ねたのだ。工房を見学して、持参した作品を刷らせていただき、最後には深大寺のおいしいお蕎麦までご馳走になって以来、個展を見に来ていただいたり、年賀状のやり取りをしたりの、関係が続いている。今回のワークショップは、田口さんからのお誘いがあっての参加だ。900円を払って、色サイズ好きなTシャツを選ぶ。学芸員さんの展示の説明を聞いたあと、制作に入る。粟津作品からとられたモチーフの版の中から好きなものを選ぶ。色を決めて、Tシャツに版をのせ、一気に刷る。ぱかりと版を持ち上げると、そこには世界でただ1つだけのオリジナル粟津Tシャツが出来上がっている。感動。黒地にショッキングピンクで「阿部定」の顔を刷ったこのTシャツ。ワメトークのときに着ようと決める。このワークショップ、次回は3月15日(日)で、それが最後となる。駅から30分歩いても、このイベントには参加する価値がある。でもすでに、定員いっぱいとの噂もある。気になる方は、電話でお確かめを。
http://www.awazu2009.jp/