断片日記

断片と告知

先走りじゃない仙台1日目

早朝、家を出る。7時10分上野発、9時仙台着の新幹線に乗る。仙台に着くと小雨が降っている。思った以上に肌寒い。
9時半には火星の庭に着き、厨房にいた健一さんに挨拶をする。大きなダンボールで送っておいた絵はすでに箱から出され、壁際に並べられている。健一さんと展示作業をする。天井近くのレールからテグスで額縁を吊っていく。額装した絵を飾るとき何が面倒かと言えば額の高さを合わせることで、額縁というものはもう少し進歩してもいいのでは、と飾る瞬間にいつも思う。9枚の絵を飾り終え、装丁した本を棚に置き、ファイルを並べ、展示作業を終える。終わる頃、メグたんを幼稚園に送りに行っていた前野さんがやってくる。もう出来たの?と驚いている。
開店前の店内で、おいしいチーズトースト、サラダ、コーヒーをいただく。火星の庭の大きなガラス窓からぼんやりと外を見る。雨は降ったり止んだりで、道行く人もどこか少ない。
火星の庭の開店時間。スーツを着たおじさんたちが普通にご飯を食べ、普通にお茶を飲んでいく。book cafeという特別な場所で、スーツのおじさんたちがお茶を飲むという普通の光景。はじめて火星の庭を訪れたとき、予想と違う固い品揃えの棚と店を見て驚く私に前野さんが言った言葉、これでも入りにくいって言われるのよ、が頭に浮かぶ。どれほどの努力と時間を費やして、特別な場所を入りやすい場所にまでしたのか。

わめふり相棒の山本くんにもらった招待券があるので、東北福祉大学構内にある芹沢けい介美術工芸館へ向かう。火星の庭を出て、定禅寺通を歩き、晩翠通を歩く。途中、書本&cafe magellanに寄り挨拶をする。これから芹沢けい介美術館に行く旨を伝えると、やっぱり歩いて行くんですかと聞かれ、もちろんです、と答える。
東北大学病院の前を通り、仙台銀行を右折。住宅街の中の緩い坂道を歩いていく。街の中心部から外れたこの辺りは、古い木造家屋がちらほらと残っている。東北福祉大学和光大学のように丘の上にあり、正門から芹沢けい介美術工芸館のある2号館まで、けっこうな坂道を登っていく。工芸館の受付や土産物屋の店員は、この大学の生徒なのか、対応のひとつひとつが初々しい。エレベーターで6階に上がる。6階が特別展示室で「芹沢けい介コレクション 日本の絵画」の展示、5階は常設展で芹沢けい介自身の作品が展示されている。6階の展示では、「諸将旌旗図屏風」と「絵馬」に惹かれる。「諸将旌旗図屏風」には戦国武将の旗や幟のデザインが美しく描かれ、各武将のセンスの良し悪しが一目でわかるようになっている。見ていると漫画「へうげもの」を思い出す。「絵馬」の素朴な筆触もたまらないものがある。民画とか、生の芸術とか、原始絵画とか、そういうものに私は弱いのだ。
前野さんお薦めの国見ヶ丘の仏舎利を見に行く。仏舎利というのはお釈迦様の骨を納めるための仏塔のこと。仏舎利はインドはもちろん日本各地にもあるのだが、そのほとんどに骨は入っておらず、経典とか、水晶だとかが、骨のかわりに納められている。当たり前だ、いくらお釈迦さまとはいえ骨の量には限りがある。だがこの国見ヶ丘の仏舎利には、インドの首相から送られた本物のお釈迦様の骨が納められているという。見晴らしが良くて気持ちのいい場所よ、と前野さんに薦められ、それならばと雨の中、仏舎利を目指して歩くことにする。
東北福祉大学の正門で仏舎利の場所を聞く。お車で?いえ歩きで。どこかで誰かに道を聞くと必ず言われる言葉がこれだ。その後に続く言葉はもちろん、遠いですよ、大丈夫です、だ。だが仏舎利は遠かった。いや距離の問題よりも、何もない住宅街の延々と続く坂道が辛かった。丘というより山を登りきり、車道から林道へと道がわかれる。特に何の目印もないが、たぶんこの先だろうと、林の中の道を進んでいく。雨の薄暗い山の中、ひとっこ1人いない道。ホラー映画では大抵こういう場所に1人でずかずか入っていくと真っ先に殺されると相場が決まっているのだが、と気持ちは13日の金曜日になっていく。ほんとうにこの道かと疑いだした頃、道は行き止まりになり、左手にこれまた人気の全くない民家が現れる。その民家の向こう側に白い仏舎利が見えている。仏舎利は大きく、途中の段までは上ることができる。ぐるりと一周して早々に立ち去る。歌舞伎町もセンター街も怖くはないが、人気のない山の中の民家とか、誰もいない雨の山の中とかは、猛烈に怖い。都会育ちは、仙台市内屈指のパワースポットさえ楽しむことが出来ないのか。
来た道を戻り、仙台駅前まで歩く。ジュンク堂仙台ロフト店の佐藤純子さんを訪ねる。フェア台の前にしゃがみ込む、茂木健一郎パーマの女子・佐藤さんを見つけ挨拶する。仙台在住作家書店の棚と、佐藤さんの手がけるミニコミ誌のフェア棚を見せてもらう。カピバラ店長はお休みということで、また明日のパーティでと佐藤さんと別れる。
前野さんの家で夕飯をご馳走になる。美味しいカブの炒め物、美味しい空豆、美味しい蓬餅、そして、前野さんの焼いてくれたとてつもなく美味しいそば粉のクレープ。あまりにも美味しくて3枚平らげる。1枚目チーズと目玉焼き入り、2枚目ベーコン入り、3枚目キノコのクリームソース入り。前野さんの作る料理はどれも塩加減が絶妙で食べるたびに、うーむ、と唸る。私の大好きな前野さんちのベランダから山の上に立つテレビ塔を見る。テレビ塔のネオンの色で明日の天気がわかるという。東京タワーのようにオレンジ色に光るテレビ塔を見て、明日は曇り、とメグたんが教えてくれる。