断片日記

断片と告知

渋谷から中野坂上まで

朝起きたら筋肉痛だった。足の付け根と太ももが痛かった。思い当たることといえば箱根山に登ったことくらいで、登ったといっても標高44.6mの公園内にある築山なわけで、いつからこんな軟弱野郎に成り下がったのかと腹が立ち、活を入れるために今日はあちこち歩くことにする。
歩くと言っておきながらもまずは副都心線に乗り渋谷に出る。109と東急の横を通り抜け、松涛美術館に行く。「江戸の幟旗(のぼりばた)庶民の願い・絵師の技」展を見る。地下1階吹き抜けの展示ブースに入った瞬間、おぉー、と頭の中で感嘆の声があがる。2階分ある吹き抜けの下から上までそして壁一面が大きな幟旗で覆われている。江戸時代の端午の節句や村祭りで使われた幟がこんなに迫力のあるものだとは知らなかった。7〜8メートルもある幟を下から見上げる。めでたい絵柄の、鯉、金太郎、龍、鍾馗などが、幟の細長い構図を活かして下から上へ、もしくは上から下へ、流れるように描かれている。この迫力と繊細さと面白さはいったい何なのだ。見ていると鼻息が荒くなる。
渋谷の裏道を歩いていると宇田川遊歩道と書かれた細い道に出る。ビルに囲まれた暗渠の上の遊歩道を北に向かって歩いていく。歩きながらビルの谷間の空を見上げる。暗渠は、街の谷間で、空白の部分だ。時間と空間が、どこかぽかりと空いている。そんな場所が、どの街にもある。
代々木八幡駅に出る。駅を越えて山手通りを初台に向かって歩く。途中、いくつかの商店街を通り過ぎる。古い店、個人商店がたくさんあるほど歩いていて楽しい。古い看板を見る。手書きの張り紙を見る。安売りの惣菜を見る。いつの間にか自分の顔が笑っていることに気づく。どうしてこんなものがうれしいんだろう。
初台の東京オペラシティアートギャラリーで「鴻池朋子展 インタートラベラー 神話と遊ぶ人」を見る。襖の向こうの空中には、巨大な金玉と目玉を足したような球体がぶら下がり、その球体からは羽が4枚生え、角は無数に生え、ぱくりと口をあけたマンコらしきところからは足が2本生えている。赤いカーテンの向こうには、壁一面が真っ赤に塗られた部屋があり、部屋の真ん中には大きな白い百合、カサブランカ、が活けられ、強い匂いを部屋中に放っている。また別のカーテンの向こうには、大きな赤子の頭があり、顔一面に鏡の破片が貼り付けられ、光を浴びながら回転しては反射光で見る人の目を射る。なにがなんだかさっぱりわからないが、神話とは、何がなんだかさっぱりわからないものなんだろう。
ギャラリーを出るとすでに日は暮れかけで、山手通りを北に向かって歩くうちに日は沈みきる。今日1日が終わっていく。