断片日記

断片と告知

火事

古書往来座のビルが火事。上からふたつ目の階から出火。明治通りを埋め尽くす消防車と人と、窓から噴き出る煙と炎。たった今、鎮火。古本の放水被害はなさそう、とのこと。とりあえず。

電車に乗るのは面倒で、歩くには少し遠い、なので今日は久しぶりに自転車に乗る。タイヤに空気を入れて、明治通りを駆けていく。歩くのとは違う速さが、目の端に消えていく景色が、気持ちいい。陽射しは強いのに、風は冷たく、海に来たみたいだ、と錯覚する。
3時半、携帯電話が鳴る。今どこにいるの、と電話の主は古書現世のパロパロ向井で、えーと明治通りの新大久保の辺り、とのんびり返事をすれば、往来座のビルが火事らしい、と電話の向こうの声が言う。わめぞの中で古書往来座に一番家が近いのは私なのに、こんな日に限って自転車に乗り家から離れた場所にいる。電話を切り、明治通りをまた駆ける。千登世橋をくぐり、往来座まであと数百メートルのところまで来て、明治通りの空を、見たこともないような黒い煙が流れているのに気づく。往来座のビルに近づくにつれ、明治通りの片側を埋め尽くす消防車と、ビルを見守る人たちの数が増えていく。往来座向いのインドカレー屋の前まで来て、往来座のシャッターが下りていること、火元は上からふたつ目の階であること、を確認する。すぐそばの歩道橋にいた古書往来座の瀬戸さん、店員のなつきちゃん、パロパロ向井と合流し、ビルの上、煙が出ている階を見る。いつの間にか「HB」の橋本くんも横に来て見ている。すでに避難は済んでいるようで、ビルに人の気配はない。怪我人もなかったと聞きほっとする。煙しか出ていなかった窓から、いつの間にか炎が噴き出している。ときおり黒く焼けた何かが火をつけたまま窓から飛び出し明治通りに落ちていく。はしご車は明治通りに1台、往来座とコンビニの間の横道に1台、それを囲むように何の用途かわからない赤い車が何十台と配置され、交通規制がおこなわれている。明治通りにいるはしご車のはしごは火元の階よりだいぶ短く、7階くらいまでしか届いていない。横道にいるはしご車のはしごは長く、火元の階に余裕で届きそうだが、ヘタクソなUFOキャッチャーのように、煙と炎の窓になかなか近づけないでいる。見ているだけしか出来ない分、はしご車の不甲斐なさにイライラとする。放水のホースの接続に失敗したのか、往来座の前で水圧の強そうな水がばら撒かれている。そのたびに、心配顔の瀬戸さんが、店の前をウロウロし、シャッターを開け中を確認している。見ていたのが30分くらいなのか、1時間くらいなのか、もっとなのかがわからない。結局、玄関のほうから突破したのか、部屋の中から放水の水が窓の外に向かって放たれて、しばらくして火は消えた。さっきまで炎が出ていた窓を消防隊員が中から開けると、部屋の中に溜まっていた水が滝のようにいっきに階下に流れ落ちていった。
火事は、上からふたつ目の部屋を焼き、最上階のベランダと壁を焼き、下の階を水浸しにして終わった。火事を見ている間、あそこの1階って本屋じゃなかった?、とそんな声をいくつか聞いた。火が消えたのと、本の被害がなさそうなことを確認して、家に戻り、はじめの文章を書いたのが夕方5時過ぎだった。
用事を済まし、夜8時過ぎに往来座の前を通ると、店は普通に営業していた。夕方の火事を知ってか知らずか、外の均一台で立ち読みをしている人もいた。ビルに近づくと、3時間以上経ったいまも、上の階から非常階段を伝って水がぼたぼたと落ちていた。