断片日記

断片と告知

たまには貸切

都電の向原停留所から大塚停留所に向かって、線路沿いの坂道を下っていく。途中、右手に桜並木がある。唐突にあるその道がとても気になり、並木の下を歩くことにする。駅前から少し離れた住宅街のなぜここだけに桜の木が植えられているのか、歩いてもみてもよくわからない。春は見事だろうと想像しながら、何もない冬の桜並木を歩く。大塚駅から放射線状に伸びる大きな道、南大塚通りを越え、KKベストセラーズの立派な社屋を横目に見て、またしばらく歩けば古いアパートの残る静かな住宅街に出る。その一画に、銭湯「玉の湯」はある。
ビルの1階にあるイマドキの銭湯だが、ビルの正面には半円形の窓が並び、東京の銭湯というよりも、どこか地方の温泉ホテルに来たような、そんな錯覚を覚える。入り口の左横にはコインランドリーがあり、右横には2階にある「サウナ玉泉」へ上る階段がある。暖簾をくぐれば、左右に下足箱のある広い玄関があり、ガラスの引き戸の向こうにフロントがある。右手が女湯。脱衣所に入るとすぐ目に付くのが、脱衣所と洗い場を仕切る大ガラスで、上部には、タコ、海老、熱帯魚、ワカメ、と海のものの透かしが入っている。ベビーベッドが2人分あり、マッサージチェアも2人分あり、髪を乾燥させるあのへんてこな椅子も2人分ある。
洗い場に入る。正面の壁一面には男湯から続くタイルのモザイク画がある。アルプスかどこかの外国の山の絵で、薄紫色をした山の下には白鳥が泳ぐ湖と、赤いとんがり屋根の教会だかお城だかがある。背伸びをして男湯のタイルを見てみれば、灯台と海がうっすらと見える。モザイク画の下には、大きめ浅めと、小さめ深めの湯船が2つある。薄緑の色あせた細かい長方形のタイルで湯船の中は埋め尽くされ、湯船の手すりは緑色の大理石もどきのタイルが貼られている。湯船の外側には、これまた小さなタイルで色とりどりの菖蒲が描かれ、男湯と女湯の仕切りの壁には、黒と赤の鯉たちが、これまたタイルで描かれている。どこを見ても見事なタイルのモザイク画で眩暈がする。島カランは3列ある。島カランにはシャワーがついておらず、両端の壁のカランにはシャワーがついている。男湯と逆側の壁の一部はブロックガラスで出来ている。ビルの1階の銭湯にしては天井も高くノビノビとする。それにもましてノビノビするのは、私以外にお客さんがいないからで、これ幸いと洗い場の中を歩き回り、隅々まで見る。誰もいないからか、お湯がまだ熱く足を入れれば痺れるようだが、こんな誰もいない貸切銭湯もたまにはうれしい。
玉の湯