断片日記

断片と告知

白くなる

西武池袋線大泉学園駅で降りる。バス通りを南に向かって歩く。道すがらいくつかの学校がある。都心から少し離れた学校の、大きな校庭を見るといつも、自分の通っていた小学校の小さな校庭を思い出す。小さな校庭いっぱいに描かれたトラックの線は、1周80メートルしかなく、運動会で100メートル走をするときは、1周した後、20メートル余計にトラックを走った。校庭はゴムかビニールかの新素材で覆われ、土埃がたたないかわりに、転ぶと皮膚が火傷した。小・中・高と、私は校庭が土の学校に通ったことがない。咲き始めた桜が、春休みの人気のない学校で揺れている。
富士街道に出て、右折する。都心でよく見るチェーン店の入り口に、広い駐車場があるのを見て、ここは郊外だと感じる。大きな園芸店を覗く。鉢植えの花と花の間を歩く。新宿御苑の温室と同じ、植物の濃い匂いがする。どの建物も2階か3階建てで、空が広い。あの辺だろうか、と見上げた空に銭湯の煙突が見える。
近づくと、大きな煙突には、たつの湯、と書かれている。古い建物の裏には、きれいに切り揃えられた薪が積んである。破風造り、瓦屋根の所々が波しぶきの形、白い漆喰の壁に桃色の線がかわいらしい。入り口正面にはサボテンの鉢植え、両脇に下足箱、右手が女湯。引き戸を開けると番台があり、島ロッカーがふたつある広い脱衣所がある。石灯籠のあるきちんと手入れされた庭には、細長い池と、池に対して大きくなりすぎた立派な鯉が何匹も泳いでいる。庭に面して、ゴザ敷きの広い縁台がある。その横に、椅子とテーブルの置かれたスペースもあり、真中に灰皿が置かれている。銭湯の女湯で灰皿を見るのはこれで2度目。西池袋の「桃仙浴場」以来だ。
洗い場に入る。島カランは1列。大きな窓から夕方の陽がまぶしいほど入る。タトゥではなく、彫り物をしている人を女湯ではじめて見る。胸と足に、鮮やかな花が咲いている。ペンキ絵は、海に浮かぶ不思議な形の島の絵で、左下に白いペンキで、石川県見附島、と描かれている。ペンキ絵の下には、分かれていない大きな湯船がひとつある。中央部分の壁には肩と腰にあたるように噴き出るジェットがふたつ付き、右端は底から泡がぼこぼこと出ている。広い湯船がただひたすらに気持ちがいい。男湯と女湯の間の壁にはタイル絵で、どこかの日本庭園が描かれている。行ったこともない金沢の、兼六園に違いない、となぜか思う。
股の間から垂れ下がる白いものが、生理用品の紐に見え、よく見直せば白髪の陰毛が濡れてまとまったものだとわかる。頭髪に白髪がまじることに何の感慨もないが、陰毛に白髪が混じるのはなぜか切なく思う。いつか自分の陰毛も、小さなとき風呂場で見た祖母の陰毛のように、真っ白になるのか。

たつの湯
(銭湯マップ番号 29)
広い駐車場があります。12台可
東京都練馬区石神井台6−19−26
03-3922-0753
営業時間 16:00〜23:00
定休日 月曜
http://www.1010.or.jp/cgi/dsearch.cgi?sel=2&tno=20078