断片日記

断片と告知

檀流クッキング

飯を作れる人は飯を持ち込み、作れない人は作る人の分まで多めに酒持ち込み、7時半から、王子の家で、道わからない人は電話して、と告知して10人集まる。雑司ヶ谷奥地の風呂なしアパートの2階、廊下の奥の戸を叩くと王子が迎えてくれる。飯を作れない私は、缶ビールと缶チューハイ、ウィスキーのボトルを持ち込む。ウィスキーは王子に渡し、ビールとチューハイは冷蔵庫のない王子の部屋での天然冷蔵庫、窓の外の手すりに置く。まだ夜の冷える時期、この冷蔵庫はいま少しだけ使える。コンロにかかる琺瑯の鍋を覗くと、肉の塊と大きなたまねぎが見える。この煮込みは、王子の部屋の隅に転がる1冊、檀一雄の『檀流クッキング』の中に出てくるトンポーローだ。ひとり、またひとり、と集まる人の手には、飯か酒かが抱えられ、部屋の真ん中に置かれたちゃぶ台の上が徐々に華やかになっていく。人参と大根の炒めもの、山菜の天ぷら、肉と玉子のココナツミルク煮込み、春雨の炒め物、トマトのざく切りとポテトチップスののった冷やっこ、塩むすび。友人の部屋で、酒を飲みながら、話しながら、次々に出てくる飯を食う幸せ。7時半からはじまった宴は、終電組が11時過ぎに帰り、近所の歩いて帰る組だけ残し1時過ぎまで続く。もっと早く仕込むはずだったのに寝てしまった、と言う王子の作るトンポーローがやっと最後に登場し、ありつけた奴らだけその美味さに踊る。