断片日記

断片と告知

バイオリニストに花束を

mr10162010-04-28

鶴我裕子さん著『バイオリニストに花束を』(中央公論新社)の表紙と扉の挿画を描きました。表紙の、バイオリンを弾く女の子の絵、がどうしてもうまく描けず、中央公論新社の会議室で、鶴我さんにバイオリンを持っていただき、クロッキー帳にデッサンをしたのは3月31日のこと。
ケースに収まるバイオリンを見てまず美しいと思い、その後、鶴我さんの抱えたバイオリンの、すーっと動く弓から出たただひとつの音に、いつも使っていない感情のどこかを斬られた。1時間ほどデッサンをし、東京駅のそばで鶴我さんとデザイナーさんと別れた。締め切りはすでに過ぎている。すぐにでもアトリエに戻り、絵を描かなければいけないとわかっているのに、電車に乗るのが嫌だった。人込みを歩くのも、誰かに会うのも、話すのも、嫌だった。東京駅から大手町の人の少ないビジネス街をただひたすら歩いていた。手の平に自分の爪が食い込む痛さで、両手の拳を握り締めていることに気がついた。そして、あの音の出た瞬間を思い出しては、泣いていた。このどこにももっていきようのない感情を抱えて町をうろつくこと。あの瞬間をいま思い出しても、感情のどこかがざわざわとする。
2010-03-31 - m.r.factory