断片日記

断片と告知

闇彦

小学生の高学年の数年間、書道教室に通っていた。そこは普通の民家で、おじいちゃん先生がひとりいて、近所の子どもたちを集め、書道とペン字を教えていた。教室の中で手本を見ながらその通りに書くことはできたが、教室から一歩外に出ると、途端に字が下手になった。ノートの字、作文の字、手紙の字、自分のヘタクソな字に加え、習ったお手本の字が中途半端に張り付き、書道教室に通っているとはとても言えない、みっともない字しか書けなかった。だから私は、自分の書く字が昔から嫌いだった。
「わめぞ」が出来てしばらくした頃、古書往来座外市のチラシを作ってくれと頼まれた。描いた絵にパソコンの文字をはめ、古書現世のパロパロ向井と古書往来座の瀬戸さんに見せた。しばらく見た後、この文字はパソコンではなくムトーさんの描き文字にしましょう、とふたりに言われた。私の下手な字を知らないくせに何を言い出すのかと思ったが、何故か私は引き受けたのだ、面白そうだと。習字やペン字は相変わらずヘタクソだが、いつも使っている画材・オイルパステルを使って描いてみると、不思議と面白い字が描けた。オイルパステルという画材が自分の文字にあっていたのか、この画材の思うようにいかない様が良かったのか。そして出来たのが「古書往来座 外市」の描き文字が躍る第一回目のチラシだ。あのとき面白いと思った描き文字も、いま見ればだいぶヘタクソなのだが、私はそのときうれしかったのだ。自分のこのヘタクソな字を、いい、面白い、と言ってくれる人たちがいたことが。
先々月、挿画の仕事の話をいただき、打ち合わせの場所に向かった。担当のNさんは昔から知っている方で、仕事の話以外にもいろんな話をした。数年前、東京ステーションギャラリーで開催した佐野繁次郎展の話になり、あの展示は良かったよね、と言い合った。そして、使えるかどうかはわからないけど題字はムトーさんの描き文字でやりたい、と言われた。ムトーさんの字いいよね、と。やっぱり私はうれしかったのだ。

http://www.shinchosha.co.jp/book/334327/ 7月22日発売予定。