断片日記

断片と告知

味見はるあき

面白いと思った本を紹介する文章が面白くなかったら駄目だろう。そう考えていて日にちが経った。考えれば考えるほど敷居が高くなるのなら、諦めて、書けることから書いてしまおうと思う。
話しているとき、飲んでいるとき、木村さんの口から出る言葉は、放り投げるような短い単語だ。生まれの栃木と学生時代の京都が混ざったのかもしれない。ぶっきらぼうに言い放ったあと、必ず、にっ、とこちらを見て笑う。
木村さんの書く文章は、木村さんの口から出る言葉に似ている。短い文章をさらに短く切る読点が、そう思わせるのかもしれない。意識して読む。膨らみかけた文章に、読点と、力強い、差し水のような言葉が入る。その言葉の後ろに、にっ、と笑って立っている木村さんが確かにいる。
どこかの場所、どこの店、どの商品、と固有名詞で何かを紹介し書くことが多い木村さんだが、「味見はるあき」では、うなぎ、れんげ、おでん、卵、など名詞で書かれているものが多い。特定のものの紹介ではないからか、文字の向こうに、いつもよりも木村さんが色濃く出ている。
冊子の真ん中から転調し、その先を読みすすむうちに、これは随筆のフリをした私小説ではと思いはじめる。飲み屋までのみちみち、卵の彼はあの人だよ、と知っている名前を聞かされて、どきりとした気持ちを抱えながらまた家で読み返す。やかんの彼、花模様のネクタイの彼、刺繍家の彼女、六つ年下の彼女、は誰なのか。わたしの知っている誰かなのか。
「片口」を、「逃げ道のある器」と書き、「一方の人だけの言い分」という意味もあると知り、ますます片口に愛着がわいてくる、と書いている。「味見はるあき」は、木村さんの片口で、だからこんなに面白いのだ。木村さんの本をはじめて手に取る人はもちろんだが、できれば木村さんの本を読んだことのある人に手に取ってもらいたい。自費出版という本の中での木村さんの思う存分の「片口」を、ぜひ読んでもらいたい。
木村衣有子覚え書き
古書往来座では、食べものエッセイ集『味見はるあき』刊行記念、木村衣有子写真展が開催中。9/1(水)から9/20(月)まで。古書往来座小景にて。
木村さんの写真展にはたくさんの人たちが関わっていて、彼らの片口も、それもまた楽しい。
木村衣有子写真展 せと : 往来座地下
「味見はるあき」に、ポストカードつきます うすだ : 往来座地下
「味見はるあき」写真展1
「味見はるあき」写真展2
「味見はるあき」写真展3
はてな