断片日記

断片と告知

D

不動前の居酒屋で、Dと飲む。Dは、わたしが本屋で働いていたころの同僚で、いまは奥さんとオーストラリアで暮らし、奥さんの稼ぎで生活しながら自分は主夫をしている。10日間だけ日本に戻ってくると連絡があり、Dが以前暮らしていた不動前の居酒屋で、飲む約束をした。
久しぶりに会ったDは、本屋で働いていたころとあまり変わらず、30過ぎには見えない幼さの残る顔で、駅前のドトールに座っていた。頑丈そうな麻のバッグとチョコレートを、オーストラリア土産だと笑って差し出しながら、昔のままの顔でこちらを見る。
何を食べても美味いという、Dお薦めの赤提灯に入る。Dは、乾杯に生ビールではなく、ホッピーを頼む。ホッピーをジョッキに楽しそうに注ぎ、オーストラリアにはないんだよね、とうれしそうにごくりと飲む。焼き鳥のカシラ、モツ煮込み、レバ刺し、を食べながら、オーストラリアにはないんだよ、と同じ言葉を繰り返す。
Dがいなかった間に起こった出来事を報告すると、ムトウリョーコらしい、と笑っている。Dはわたしの名前をいつもフルネームで呼び捨てにする。だってムトウリョーコだから。ムトウリョーコっぽくていいじゃん。楽しい報告も、楽しくない報告も、ムトウリョーコだからと仕方がないと頷き、でも枯れてなくてよかったよ、と笑ってくれる。
ずっと笑っているDに、主夫ってどう?と聞く。ヒモの気持ちがわかるっていうか、自分のプライドをなくさないように生活するのがけっこー大変。少しだけまじめな顔になったDが、そう答える。
飲んだあと、まっすぐ帰るのも寂しい気がして、目黒川沿いを散歩する。Dは、途中のコンビニで乳酸菌飲料ピルクルを買い、ストローを挿し、飲みながら歩いている。オーストリアにはこれ的なやつないんだよ、とまた同じことを言いながら。不動前から、中目黒、代官山、渋谷まで歩き、山手線に乗る。千葉の実家に帰るのが面倒くさい、雑司ヶ谷に泊まる、とダダをこねるDを、山手線に捨てて別れる。
翌日Dから来たメールには、あのあと寝たまま山手線を何周かし、常磐線の終電がなくなり、上野のビジネスホテルに泊まった、とあった。
本屋で出会ったころ、Dはまだ立教の学生バイトで、わたしはまだ20代後半で書店員だった。