断片日記

断片と告知

狐に騙された話

まだ日の高い時間だった。アトリエで絵を描いていると、携帯電話が鳴った。自宅のパソコンにきたメールの転送を知らせる着信音だった。見ると、先月仕事をした珍しい名字のデザイナーさんからで、原画返却の宅急便の日時を問うメールだった。携帯電話からそのまま返信しようと、小さなボタンをしばらく押したが、替えたばかりの携帯電話にまだ慣れず、小さな操作が面倒で、自宅に戻ってから返信すればいいと、書きかけのメールの画面を閉じた。
飯を食って、酒を飲んで、日が変わるころ帰宅した。昼間送られてきたメールに返信しようと、パソコンの電源を入れた。あるはずのメールがなかった。誰からきたかも、メールの内容も、そのときのアトリエの明るさも、はっきりと覚えているのに。受信、下書き、ゴミ箱、その他のフォルダを一通り探して見つからず、まだ慣れていない携帯電話のせいにして、それでも昼間見たはずの、明日原画を送っていいか、と問うメールに返信しなくてはと、仕事のお礼と、明日発送明後日の午後6時以降の着でお願いします、と書いて送った。
翌日の昼にきたメールには、メールをした覚えがないのですが、と丁寧に書かれていた。勘違いです、すみません、と慌ててまたメールを送り返した。それならアトリエで見たはずのあのメールは誰から誰へのもので、そして今日の午後6時以降に、うちには何が届くのだろう。
飲み友達にこの話をすると、話の間中、ずっと背中が寒いんだけど、と言われた。それなのに、酔った勢いで、駅までの近道だからと、近道でもなんでもない大きな霊園をふたりで歩いた。電灯も月もない夜なのに、やけに遠くの墓石の頭が白々と、ずらっと並んでよく見えた。