断片日記

断片と告知

眼鏡

流しに置いた眼鏡が、ぽとりと落ちたのを目の端で見た。あとで拾えばいいと、流しで顔を洗って、忘れて踏んだ。足の裏にぐにゃりと、細くて薄いものが歪む触り。慌てて足をあげたが、眼鏡のツルが、あちらとこちらに、そっぽを向いた。
友人ふたりを誘い、池袋の駅前に、眼鏡を買いに出かけた。雑司ヶ谷から池袋まで、コンビニで買った、氷結のロングを1本飲みながら。わたしは普通の氷結を、友人たちはアルコール度数の高いストロングを。同じ値段なら度数が高いほうが徳じゃない、と、たいして強くもないくせに、友人はいつでもストロングを買う。
氷結1本分の、酔った頭で眼鏡を選ぶ。きれいな眼鏡がきれいに並ぶきれいな場所で、自分に似合う眼鏡を探す。氷結1本分の酔いでもなければ、友人たちに笑われながらでもなければ、こんな場所で鏡を見て、自分に似合うものなど、探している自分がいたたまれない。
翌々日、出来た眼鏡を取りに出かける。踏み潰した眼鏡より、世界が3倍ひらけて見える。よく歩く道の、草の芽が、道を横切るカタツムリが、逃げていくヤモリが見える。いままでこの道の何を見て歩いていたのか、気づかずに何を踏み潰していたのか、いまとなってはもう、思い出せない。