断片日記

断片と告知

隣人

月末の約束だが、たいていずれて月はじめになる。商店街でクリーニング屋を営む大家のもとへ、アトリエに借りているアパートの家賃を払いに行く。銀行の封筒に入れることもあれば、コンビニでおろしたままの剥き出しの金のときもある。水道費込みで三万九千円。ぴらぴらと重なる千円札、しかし、一度として札の枚数を確かめられたことがない。帳面に押される判子を見ながら、こんなときしか会わない大家と話す。消費税値上げの話、政治家の不甲斐なさと年金問題、アパート横の空き地のいわれ。街のクリーニング屋の政治談義と噂話。たわいもない話ばかりで流して聞くが、アパートに誰かが越してきたときだけは話が別だ。
隣り、新しい人が入りましたね。演劇青年が退室してからしばらく空いていた隣室に、数週間前から見る人影を思い出しながら話をふる。変わっているのよ、電気もガスも使わないから契約しないって、いままでもずうっとそうやってきたって。いつ見ても、開けっ放しの窓と入り口の戸、夜になっても暗い室内。明かりをつけると暑いからではなく、電気もガスも、あの部屋にはきていないのか。アトリエの戸と隣室の戸は横並びで、開け閉めのさい、目をずらせば暗い隣室が目に飛び込む。窓のそばに寝転ぶ住人の伸びた手足、暗くもののない部屋に転がる熊のプーさんの大きなぬいぐるみ。71歳ですって。大家の声が頭に響く。目が合うと、上品な顔で会釈する女の顔に、どうしてですか、といつか聞きたい。