断片日記

断片と告知

ビバ!プリントゴッコ展、はじまります。

父は厭わない人だった。
わたしが子どものころ、山の好きな父に連れられ、家族でよく山登りに出かけた。春のはじめなら山菜を摘んで家に帰った。普段台所には立たない父だったが、採ってきた山菜を、洗い、あく抜きし、ときにはすり鉢ですりおろしていた。料理上手な祖母や母のおかげであまり機会はなかったが、台所に立つのを嫌がらない人だった。甘しょっぱく煮たつくし、たらの芽の天ぷら、すりおろしたヨモギで作った餅の、鮮やかで濃い春の味を、山菜を手に台所に立つ父の姿を、いまも覚えている。
竹馬が欲しいと言えば、おもちゃ屋で買ってくるのではなく、どこからか手に入れた竹と木と縄で作ってくれた。拾ってきた棚が壊れていたので放っておけば、いつの間にか直りニスまで塗られていた。厭わないというよりは、手や足を動かすのが好きな人だったのかもしれない。そんな父の作る年賀状は、当たり前のように木版画だった。
手軽に年賀状が作れると謳われたプリントゴッコが発売された70年代後半から、最盛期を迎える80年代後半も、我が家の年賀状は木版やリノリウムで作られた版画だった。父の作る年賀状は、図案集からとられた干支の絵に、謹賀新年や賀正などの文字をただそえたもので、図案を考えるというよりも、木を彫ること、手を動かすことが楽しかったように思われる。そんな父を見て育てば必然と、わたしの年賀状も木版やリノリウム版になった。父との違いは、図案を考えることも楽しかったことか。テレビで流れるプリントゴッコのコマーシャルを尻目に、炬燵に入りながら彫刻刀を握るのが、子どものころの年末年始の過ごしかただった。
わたしがプリントゴッコと出会うのは、年賀状作りの手軽さが、プリントゴッコから家庭に普及したプリンターへと取って代わり、独自の色のかすれや版ずれを面白がりながら作品を作る、作家たちのものへと移行しつつあるときだった。そうして作られた作品を見て、木版やリノリウム版とも違う、プリントゴッコという版画の面白さに目覚めたが、目覚めたころにはすでに、プリントゴッコのコマーシャルは、年末のテレビから消えていた。
売上げ低迷のしわ寄せは、消耗品の値上げにつながり、盛り返すどころかプリントゴッコ離れに拍車をかけたようにしか見えず、販売元の理想科学工業は、2008年6月にプリントゴッコ本体の販売を、2012年12月28日に消耗品などすべての販売を終了させた。
手や足を動かすことが好きだった父は、晩年、神経の難病を患い、入退院手術を繰り返しながら、寝たきりのまま過ごした。いつでも連絡がとれるようにと携帯電話を持たされていたが、その日は職場にかかってきた外線電話だった。おうちの人から、とつないでくれた同僚のなんとも言えない顔を見て、わたしは父の死を知った。
厭わなかった父のおかげで、プリントゴッコの最盛期には間に合わなかったが、最後の最後に少しだけ、父の代わりに手を握るくらいはできたようだ、と書けば、一緒にするな、とあの優しい父は怒るだろうか。            

***ビバ!プリントゴッコ***
ちゃぶ台の上の印刷工場、小さな出版のおともだち「プリントゴッコ
製造元の理想科学工業株式会社における事業が終了し
35年の歴史に幕を閉じました
こよなく愛用してきたイラストレーター、デザイナー、紙もの愛好家たちが
手のひらいっぱいの感謝をこめて、プリゴ作品の展示販売を行います
■日時
1月25日(金)から2月5日(火)まで
12時から19時 
初日15時スタート
金曜日は20時まで営業
1月31日(木)のみ休廊
■場所
ブックギャラリー ポポタム
171-0021 東京都豊島区西池袋2-15-17
03-5952-0114
■参加作家■
浅生ハルミン、蛙月庵、絵と木工のトリノコ、會本久美子と澤辺裕加、
コガアキコ、コチャエ、コニコ(カヤヒロヤ/高橋由季)、
寒空はだか、嶽まいこ、辻賢二郎、辻恵子、永岡裕介、早川純子
ぶりお、homesickdesign、ますこえり、水上みのり、武藤良子
山口洋佑、yamasin (20名)
■会期中トークイベント■
会期中に2つのトークイベントを行います。
詳細:ビバ!プリントゴッコ展
企画:ポポタム
協力:家内制豆印刷 蛙月庵 COCHAE