断片日記

断片と告知

遠くの枝

家が近くだから、同じクラスだから。そんな子どものころの大雑把な輪と違い、年を経てできた友人たちは、どこかいまの自分と似ている。理科の教科書に載っていた生物の進化図みたいに。海からあがった生き物が、虫になり鳥になり獣になり人になり、さらに細かく枝分かれしていった先に、いまのわたしがある。
わたしの小さく細い枝とそう遠くない場所に、大人になってからできた友人たちの枝もある。どこかわたしと似た彼らのすすめるものにははずれがない。本も映画も音楽も、面白いと思うツボが近いのだ。似ている枝に囲まれた世界は気楽だが、大きなはずれがないかわりに、意表をつくような、苦しいことにもめったに会えない。
昨年末、竹橋の美術館を目指して、北の丸公園を歩いていた。武道館の前まで来ると、売店が出ていた。掲げられた看板を見て、年末の5日間、矢沢永吉ライブがおこなわれることを知った。永ちゃんグッズといえば肩にはおるタオルが浮かび、売店で値段を見ると、ビーチタオル1枚5千円、と値札が貼られていた。
武道館正面には、「ALL TIME HISTORY -A DAY- 矢沢永吉 日本武道館」の看板が掲げられている。リーゼントの男、革ジャンの男、上半身素肌に白いダブルスーツの男、赤や青や黄色のカラースーツの男、スーツに永ちゃんの歌詞を刺繍した男、たちが、入れ替わり立ち替わり、看板の下に立ち、永ちゃんの看板と自分とがおさまるよう、写真を撮っていく。みな誇らしげに、まっすぐと。両手で広げたタオルが、肩にかけたタオルがまぶしく見えてくる。わたしの知らない枝の、誇らしげな男たちを見ているうちに、美術館に行く気が失せた。
週末、もう一度武道館の前に行った。週末の夕方は、前回訪れたときより賑わっていた。武道館目の前の駐車場に、矢沢永吉の姿や歌詞を映した改造車が並ぶ。広島ナンバーが目に付くのは、矢沢永吉の出身地だからか。武道館の前、駐車場の隅々、白いスーツの男たちが集まり、再会を喜んでいる。
ひ、さ、し、ぶ、り。
よう。ひ、さ、し、ぶ、り。
げんこつで、白いスーツの肩を軽く小突きながら、永ちゃんのような言葉遣いで。
白いスーツの男たちが数十人、駐車場の休憩所前に集まり、記念撮影をしている。眺めていると声をかけられた。
一緒に撮るかい?
真ん中おいでよ。
どうしてわたしは彼らに惹かれたのか。わたしの知らない遠い枝が、井の中のわたしを打つ。