断片日記

断片と告知

また別のY字路

もうずいぶん昔の話だ。
中学高校の六年間をすごした友人から電話があった。卒業してから数年、彼女から電話がくるのははじめてのことだった。誘われて会うことになった。彼女の指定した待ち合わせ場所は、青山の骨董通りの入り口にあるマックスマーラの前だった。仕立てのいいコートを着て立つ彼女と、青山の街がとてもよく似合っていた。
彼女の家にはじめて遊びに行ったのは中学一年生のとき。不動産業をしているという彼女の家は、レンガタイルを貼った三階建て、家というよりビルと言いたくなるような大きなものだった。ごついソファの置かれた居間に通され、テーブルにはローズティが置かれ、彼女が好きだという尾崎豊のビデオを一緒に観た。はじめて飲む薔薇の香りのお茶は慣れない舌には少しもおいしくなかったが、彼女の家がとてもお金持ちだということはわかった。駅前で買って行った安っぽいケーキが、場違いな自分を見るようで恥ずかしかった。
久しぶりに会った彼女は、あのころのいいとこのお嬢さんのままに見えた。
連れられて骨董通りの2階にある喫茶店に入った。あのころの笑顔のまま、彼女がわたしの前に置いてみせたのは、薔薇の香りのお茶ではなく、美顔器のパンフレットだった。
彼女のする説明がひとつも頭に入らない。どうして?口に出せない言葉が頭を占めていく。マックスマーラの前に立つ彼女は確かにローズティの彼女だったのに、いま目の前で美顔器の説明をする彼女はわたしの知らないどこかの誰かだ。
気がない素振りが顔に出たのか、絵の学校に通っているわたしの風体を見てか、しつこくすすめることもせず、青山で別れたあと、彼女から再び電話がくることはなかった。
彼女にしてみれば、ただの学生バイト、小遣い稼ぎだったのかもしれないが、わたしにしてみれば、一生忘れられない最後に会った彼女の姿だ。
忘れられないのに、言葉にしてみればこれっぽっちで済むことなのが余計に悲しい。彼女のY字路の先はいまどのあたりだろうか。