断片日記

断片と告知

うらわ稲荷湯

浦和駅西口に降り、日が落ちて灯る飲み屋の明かりを追いかけて小さな路地をぬって歩く。昼間の町の賑わいもいいが、夜の賑わいのなかを歩くのは格別に楽しい。道の向こうの歩道を歩く女に、こちらの歩道の女がこっちこっちと手を振っている。どちらも着飾った年配の女たち。横断歩道を渡ってこちらに来た女に、手を振る女が肩に手をおき声をかける。今日もきれい。オーラがきれい。
旧中仙道を北浦和方面に歩く。新刊本屋の須原屋本店の裏手、セブンイレブンのある路地裏に、銭湯「稲荷湯」がある。細い路地に囲まれた、昔ながらの大きな銭湯。瓦屋根のしたの懸魚は羽ばたく鶴が一羽。外の壁に「ランステ登録店」の貼り紙。公衆浴場と彫られた刷りガラスのしたを抜けると、右手と正面に下足箱。どちらも鍵は桜錠だが右手が黒色、正面が赤色のペンキで数字が記されている。左手にガラス戸の入り口、入ると正面奥にロビー、右手に手前から女湯の入り口、フロント、男湯の入り口と並んでいる。
入浴料430円。東京よりも30円安い。女湯の暖簾をくぐる。格天井。ロッカーも桜錠。壁沿いのロッカーとロッカーのあいだに便所の入り口。洗い場への入り口の右横に、乗るとガチャンと音のなる昔ながらの体重計。体重計の横に、3人分くらいの仕切りのないベビーベッドがある。
洗い場。入ってすぐ左手に立ちシャワー。真ん中に島カランがひとつ。右手に水風呂。正面左手から、座ジェットのある深め小さめの泡風呂、か細いジェットが二本噴出す浅め広め、サンルームのようなガラスに囲まれたヒノキ風呂が並んでいる。ヒノキ風呂だけやけに厳重な、とガラス戸を引くとわっと木のいい香りが漂う。一畳ほどのヒノキ風呂と、浅め広めの湯がここでは人気のようだ。
正面、湯船のうえの壁は、下半分が味のある青系のごつごつしたタイル、ところどころに鳥と魚のタイルがはまる。そこからうえはなぜかミッキーマウスの半立体のプラスチック壁掛けが貼られている。真ん中の大きなミッキーマウス、右手のドナルドダック、左手のミニーマウスが、薬師如来像の脇の日光月光のように並んでいる。男湯と女湯を分ける壁は紺色のプラスチック仕様で、奥から親子のパンダの図と、扇で舞う女と鼓を打つ女、ふたりの間にピンクの花びらが散っている図で、正面のミッキーともども見たことのない取り合わせだ。
湯につかりながら天井を見る。古い銭湯特有の巨大な湯気抜き。ここの銭湯はとくに大きく天井が高い。関東の銭湯特有の贅沢な空間だと見上げるたびに思う。
ロビーのソファで汗がひくのを待つ。テーブルのうえには外の壁に貼ってあった「ランステ」のパンフレットが置かれている。「ランステ」は銭湯ランニングステーションの略で、入浴代430円を払うとロッカーに荷物を預けられ、そのままランニングなど外で体を動かしたあと銭湯に戻り、入浴も着替えも出来るという、運動する人たちにはとてもありがたいサービスだ。パンフレットには見開き片面に銭湯の情報と、もう片面にその銭湯から行けるランニングコースを地図入りで紹介している。
稲荷湯には缶ビールが売っておらず、そばのセブンイレブンで今日の一本目を買う。飲みながらなかまち商店街を駅に向って歩く。以前、宮本くんに連れてきてもらった立ち飲み屋の前を抜け高架下に出る。さてどこだろうと見渡すとすぐ目の前に目指す店があった。
店に入ると満席で、四人ほど椅子に座り待っている。横に腰掛け店内を見渡していると、ユニフォームを着た宮本くんがフロアを行ったり来たり、こちらに気がつき驚いている。しばらくすると席が空き、大き目の相席テーブルに案内される。注文を取りに来た宮本くんに瓶ビールを頼むと、いま生が安いですよ、と教えてもらい、生ビールとつまみにネギチャーシューをお願いする。夜8時過ぎ、客は仕事帰りのサラリーマンがほとんどで、ラーメンや定食をつまみにひとりまたは固まりで飲んでいる。
こちらを気にかけてくれる宮本くんが、たびたび注文を取りに来てくれる。餃子を、とお願いすると、ぎょーざー、広東麺をお願いすると、かんとーん、と厨房に向って大きな声を通してくれる。生ビール2杯、ネギチャーシュー、餃子、広東麺、しめて1880円。レジを打つ宮本くんに会計を払う。どうしてだか浦和や桶川で会うとき、ふだん小さな宮本くんの声が隅々までよく聞こえる。
稲荷湯:〒330-0062埼玉県さいたま市浦和区仲町2-18-2
http://www.city.saitama.jp/004/006/002/p050360.html