断片日記

断片と告知

ミロ

御茶ノ水の画廊喫茶「ミロ」で、木村衣有子さんと編集者のMさんと待ち合わせ。時間よりも少し早めに着き、ひとり奥のソファに座り店内を眺める。広くもなく、狭くもない店内には、近所のおば様、スポーツ紙を読むサラリーマン、打ち合わせ中の男が2人、静かな時間を過ごしている。壁には店名でもある「ミロ」の絵がいくつか飾られ、久しぶりに見たミロの色と線の面白さに、はっ、としたりする。乙女系の雑誌や書籍でよく紹介される「ミロ」へ入ったのははじめてのこと。御茶ノ水駅前の路地奥にある喫茶店はずっと気になっていたが、有名すぎるのと、喫茶店に入る習慣がないのと、喉が渇いたら酒屋か酒場なのとで、足が向かなかった。今日の待ち合わせの場所がここと聞いたとき、入るきっかけができたと、内心うれしかった。入ってみれば、乙女たちが押しかける巡礼地ではなく、古くからこの町の人たちに愛されてきた静かな喫茶店だった。
紅茶と、腹が減っていたので玉子サンドイッチを注文する。先にきた紅茶をすすっていると、木村さんとMさんが現われる。2人の珈琲が運ばれてくるころ、私の玉子サンドイッチも運ばれてくる。白いお皿に細長く切られたサンドイッチが六切れ。半分の三切れは両側が白パン、残りの三切れが片方白パン、片方黒パンになっている。サンドイッチと一緒に運んできた塩の小瓶を振る。喫茶店やホテルでサンドイッチを頼むと付いてくるこの塩が、日常よりも少しだけ特別な気分にさせる。サンドイッチを一切れ手に持つとふわりと暖かいのも、コンビニの冷たいサンドイッチを食べ慣れた身にはうれしい。
Mさんがいま作っている本の話、木村さんの本の話、どうなるかわからないが面白いと思うものの話、はじめて会ったとは思えないほどMさんといろいろ話す。何かに繋がればいいね、と今日の日を設けてくれた木村さんは凛々しく笑う。2時間近くも話し、そろそろと立ち上がったMさんが、するりと伝票を持ってお会計に向かう。その姿を見て、しまったと、玉子サンドイッチは食べるべきじゃなかったと、お茶だけにしとくべきだったと、せめて100円安い玉子トーストにしておけばよかったと、普段まわらない頭がここにきて瞬時にまわる。すみませんご馳走さまでした、と言いながら、場を読めない自分の見境のない食欲を呪う。