断片日記

断片と告知

五色湯

椎名町そばの銭湯「五色湯」へ行く。地図を見ながらこの辺かしらと見上げた空に、「五色湯」と書かれた煙突がある。目印も何もない住宅街の中で不安になりながら銭湯を探すとき、家やビルの間から見える煙突は何よりの目印だ。イマドキのビルの1階にある銭湯だが、入り口の「ゆ」と染め抜かれた暖簾が妙に古い。入り口の左横にはコインランドリーがあり、暖簾をくぐると正面に傘入れ、左右に下足箱のある広い玄関が現れる、がその傘入れ下足箱も妙に年季が入っている。右手が女湯。ビルの1階の銭湯なのにフロントではなく、番台がある、と入って驚く。しかも番台に人影はなく、すいませーん、と声をかければ、後でいいよー、と男湯から店主らしき人の声が返ってくる。脱衣所に入れば、男湯と女湯の仕切りの壁の上には近所の商店の電光看板が並んでいるのだが、それもイマドキからはかけ離れた味わいで、その下の壁に沿って並んでいる木製のベビーベッド5人分だか6人分だかもイマドキこれはの味わい。洗い場に入る。島カランが2列ある。その2列の間に太いコンクリートの柱がある。湯船はふたつ小さめ大きめと分かれ奥の壁に沿ってあるのだが、大きめの方が「く」の字型に緩く折れ曲がり洗い場のほうに飛び出している。大きめの湯船の端には岩が並ぶ三角形の空間があり、そこから湯があふれ、その空間の分、大きめの風呂は前に出ているのだ。正面の壁のタイル絵を見る。タイル絵は、細かいタイルでモザイク画を描く場合と、白いタイルにペンキで直接絵を描く場合の2種類があり、この「五色湯」は後者のほうだ。正面の壁一面に貼られた白タイルに、みっしりと紅葉しかけた木々が隙間なく描かれている。普通、銭湯のペンキ絵と言えば、富士山を代表とする空の抜け、が大事な要素だと思うのだが、ここのタイル絵にはそれがない。湯に入りながら見上げれば、画面の密集さに息苦しいとさえ感じるほど。お湯はそれに合わせたかのように、緑色のバスクリンが入っていて可笑しい。どこかこの銭湯は変だ変だと思いながら、湯から上り外に出る。そして何気なく見た下足箱の番号に、また驚かされる。一番上の段は「1」からはじまり、必ず最後の段は「8」で終わっている。ここの下足箱は「9」と「0」の数字を抜かしたまま、最後は「88」で終わっているのだ。そして何故だか男湯側の下足箱の「3」の段だけ並びが狂っているのもどこか可笑しい。ビルの外に出てみれば、奥に積んである薪が見える。ビルの1階のイマドキの銭湯なのに薪ですか、とやはり驚かされ、このでかい煙突は現役なのかとうれしくなる。
五色湯