断片日記

断片と告知

注射

背中と腰がいつもぼんやり痛かった。腰痛は、本屋時代の負の遺産だからと諦めていたが、そのうち腹まで痛みだした。気力でごまかすのにも限界があり、仕方なく病院に行った。駅前の道から、どう歩いてもラブホテル街を抜けて行くしかない総合病院は、それだからかいつも殺伐として暗かった。ラブホテル街をひとり歩く姿を、誰かに見られたらなんて言おうか、と知人から見られたときの言い訳を頭の中で考えている自分が馬鹿らしかった。それなのに、前を歩く、すれ違う、2人連れをじっと目で追う自分のいやらしさ。
内科の外来の受付を済ます。待合のソファに座り順番を待つ。総合病院なのに空いているのが気にかかる。予約もしていなかった自分にすんなりと診察の番がやってくる。症状を話す。診察台の上に横になり、腹を押され、聴診器を当てられる。血液検査、腹部CT、大腸内視鏡、をすることが決まる。CTと内視鏡は後日、血液は今日採りましょう。若く愛想もなくぶっきらぼうに話す医者に、そう告げられる。
看護婦に別室に連れて行かれ、血を採られる。人出が足りない外来の診察室を、この看護婦はさっきから走り回っている。40代後半か50前後か、ベテランの、仕事のできる、昔は美人だったと思われる看護婦に、腕の上部をゴムで締められ、血を採られる。10年ぶりの注射は、針が刺さるときよりも、血管と皮膚から針がすっと抜かれる感触にくらりとする。学校や病院で注射をするとき、周りを気にせず、怖い、痛い、と泣き喚く子どもが、同じく子どもの私は嫌いだった。いま思えば、もっと素直に怖いと泣き喚いておけばよかった。大人になると注射くらいで泣くことは許されなくなると、あの時は知らなかった。