断片日記

断片と告知

腸のなか

前日の食事は消化のいいものをと言われ、夕飯にうどんを食べる。夜9時に下剤を飲む。当日の朝6時から、また再び下剤を飲む。2リットルの水に溶かし2時間以内に飲むようにと言われていたが、あまりの不味さに3時間かかってやっと飲む。吐き気、悪寒のある方は医者に相談をと書かれた注意書きを見て、こんな不味いものを2リットルも飲めば誰でもそうなるだろ、と不味さに震えながら悪態をつく。病院に行くまでの数時間、便所に行くたび水のような便が出る。
受付を済ませ、別室に連れて行かれ、また安っぽい浴衣のような検査着に着替えさせられる。尻に大きな穴の開いた大きなパンツも穿かされる。ベッドに寝かされ、体温、脈拍、血圧を測られる。腕にゴムを巻かれ、点滴の針を刺される。管を繋がれ、透明な液体が一滴ずつ落ちてくるのを、することもないのでぼんやり見つめる。何の点滴ですか、と走り回る看護婦に聞いてみる。何かあったときのためのフツーの点滴ですよ、と説明になっていない説明をされる。はじめ違和感のあった点滴の針が少しずつ肌に馴染んでいく。
点滴の針を刺したまま、点滴の袋を持つ看護婦に先導され、内視鏡の部屋へ行く。安っぽい検査着姿で脛と腕を中途半端にさらしながら、病院のロビーを歩く姿が間抜けだ。隣りの病棟にある内視鏡の部屋には、また違う看護婦がひとり、若く愛想のない医者がひとり待っている。
医者に背を向けるように台の上に横たわり、浴衣がまくられ、穴の開いた大きなパンツがさらされる。点滴に痛み止めの薬が足される。潤滑ゼリーが塗られたときの、肛門にちくりとあたる医者の爪を不快に思う。空気で腸を膨らませながら進むので、ガスがお腹にたまったらがまんせずに出してください、そのほうが検査もやりやすいので。肛門にぐっと何かが差し込まれた感覚は一瞬で消え、腹の中を何かが動く感覚に変わる。モニターに映る自分の腸の映像から目が離せない。仰向けになり、左足の膝を立て、その上に右足を組むように重ねる。指示通りに体を動かし腕を腹の上にのせる。モニターを見ながら足を組み寝転がる偉そうな姿と、肛門から内視鏡を入れられているという現実、その差の可笑しさ。
ここだけちょっと苦しいけど、よいしょ、よいしょ。腸の曲がり角を通過するときの圧迫感と、愛想のないはずの医者の饒舌。外来の診察室でのぶっきらぼうさと、この検査室で内視鏡を手にしているときの口の滑らかさ。内視鏡が好きなのか、腸が好きなのか。この部屋にいるときだけこの医者はとても楽しそうに見える。
大腸の奥、小腸の入り口まできて内視鏡は止まり、そこからゆっくり引き戻される。ここが小腸の入り口、きれいだね、大腸も、きれいだね。医者がきれいだと誉めてくれる腸を、私もモニターで見てきれいだと思う。明るく照らされ膨らんだ空っぽの腸の内壁と、そこに走る細く赤い血管の筋。
小さなポリープがふたつ見つかる。ポリープは赤黒く血豆のような毒々しいものと勝手に想像していたが、半透明のゼリービーンズのような形状で愛らしい。これくらいなら大丈夫だけど、どうしようか、とっちゃおうか。モニターの画面の中に、小さなペンチのようなものが映り、ポリープをつまんで引き千切る。腸の内壁沿いを垂れずにじんわり血が広がっていく。痛みはない。
ポリープは念のため生検に回すから、でも血液もCTも問題ないし、腸もきれいだから、大丈夫だと思うよ。引き戻された内視鏡に撮られた自分の肛門が一瞬モニターに映り、また暗い画面に戻る。点滴を繋がれたまま、帰りは車椅子に乗せられる。歩けます。規則ですから。走り回る看護婦が車椅子を押してくれる。車椅子の低い視点から眺める景色は、人の気分を老いさせる。点滴がなくなるまで休んでいてください。ベッドに寝かされ、痛み止めのせいか、頭がぼうっとして眠い。このままいつまでも点滴が終わらなければいい。