断片日記

断片と告知

いのくまさん

時期を少し過ぎた桜並木の神田川沿いを新宿に向かって歩いて行く。途中、山手通りに出て初台まで歩く。東京オペラシティアートギャラリーで、猪熊弦一郎展「いのくまさん」を見る。
顔、鳥、猫、おもちゃ、抽象。ジャンルごとに絵が並ぶ。会場出口に貼られた年譜を見ると、奥さんが亡くなった後から顔のシリーズは描きはじめたとある。それを知ってから見る顔の絵と、知らずに見る顔の絵は、どうしても印象が違って見える。知ってからまた見直す顔は、全て奥さんに見えてしまうのは仕方がない。
鳥の絵が好きだ。猫の絵が好きだ。特に猫の絵は、見ていると自然と顔が笑ってしまう。四角い顔の猫、アボリジニのレントゲン画法のように体の中が透けて見える猫、小さな紙の中に集団で描かれた猫、猫、猫。
ギャラリーに併設するナディフで、猪熊弦一郎著、「私の履歴書」を買う。丸亀市猪熊弦一郎現代美術館が編集発行しているもので、1979年の日経新聞の連載をまとめたものだ。絵には勇気がいる、と書かれた帯の文句に惹かれて気づくとレジに向かっていた。会場は広くゆったりと絵を展示していた。少ないと、もっと見たいと思ったのは、いいもの、楽しいものは時間が短く感じるからか。いつだったかに見た猪熊弦一郎展は、もっと絵がたくさんあったような気がする。気になり調べてみると、1995年だった。
1995年、新宿の三越美術館で開催された猪熊弦一郎遺作展を私は見ている。その頃通っていた絵の学校の掲示板に、この遺作展のポスターが貼られていたのも覚えている。確か、升目の中をいくつもの青い顔が並ぶ絵だった。1991年に開店し1999年に閉店した三越新宿店南館の最上階に三越美術館はあった。思えばバブルの頃からそれがはじけるまで、東京のデパートは競ったように美術館をつくっていた。あの頃、今ではあまりまとめて見られないような作家の展示をたくさん見た気がする。自分はまだ学生だったから、バブルの恩恵を受けていないと思っていたけれど、実はそうではないのかもしれない。
猪熊弦一郎展 いのくまさん|東京オペラシティ アートギャラリー