断片日記

断片と告知

あなたの好きなもの

あなたの住む町、あなたの好きな町、あなたのよく行く町にはたぶん、あなたがいいなと思い無くなって欲しくないなと思う何かがあるはずで、それがあるからこそあなたはその町が好きでその町に通いその町を歩く。それならば、あなたはその何かをとても大事にしなければならない。例えば、銭湯。いいなと思う銭湯があり、その銭湯がそこにある景色をあなたが愛しているならば、あなたがすることは、素敵だねと感想を言い合うことではなく、写真を撮ることでもなく、あなたはその銭湯に入るべきだ。週1回でも月1回でも、あなたのできる範囲でかまわない。それをすることもせず、あなたの好きな何かが町から消えたとき、いい銭湯だったのに、どうして潰れたんだろうね、と知らないふりをするのは許されない。なぜならば、その何かが町から消えたのは、それを好きだと言いながら何もしなかったあなたのせいだからだ。あなたの好きなものが銭湯でなくてもいい。飯屋でも酒場でも雑貨屋でも本屋でも古本屋でもいい。あなたの好きな町のあなたの好きなものたちは、誰かがではなく、あなたが大事にし、守るべきだ。


駒込駅周辺にはいくつかの商店街がある。そのうちの、駒込銀座、霜降銀座染井銀座西ヶ原銀座を抜け、銭湯「えびす湯」へ行く。イマドキのビルの1階の銭湯に見えるが、コンクリのがっしりとした建物の上にマンションやアパートは見えず、東京で、この敷地の広さで、銭湯の上に居住スペースがないというのが珍しい。入って右手にフロントがあり、フロントの前にはソファセットの置かれた小さなロビーがある。飲料水の入った冷蔵庫のほかに、ガラス瓶の牛乳が自動販売機で売られている。向かって右手が女湯。脱衣所はシンプルだが、脱衣所と洗い場を支える太い柱に黒の小さなタイルがみっしりと貼られている。籐製のベビーベッドが1台ある。
洗い場に入る。正面の壁の見事なモザイク画がまず目に入る。1センチ四方のタイルで描かれているのは、海にいくつもの小さな島が浮かぶ図で、海や島の陰影の細かさ、男湯から女湯につながる1枚の絵の巨大さに圧倒される。男湯と女湯の仕切りの壁の上には、五島五橋、と白タイルでこの絵の題名が描かれている。それを知ってからよく見直せば、細く白い橋が島と島とをつないでいるのに気づく。大きな鉄塔の建っている島もある。題名にある橋よりも、どちらかというとこの鉄塔のほうが目立ってしまっているのが可笑しい。
湯船は、モザイク画のある正面奥の壁から右手の壁へ「く」の字型につながっている。ジェット系がいくつか付く正面の大きな湯船、右手の薬湯、一番手前の水風呂にわかれている。正面の一番大きな湯船には、黒い火山岩でできた滝を模した装飾もあるが水も湯も流れていない。薬湯は桃の葉風呂で、ガーゼにくるまれた桃の葉が湯船の中で浮き沈みを繰り返し、お湯がうっすらと桃色に染まっている。入浴剤を入れる銭湯もあるが、その銭湯独自の何かがガーゼにくるまれているほうがなんだかうれしい。湯につかりながら天井を見ると、体育館のようにゆるい曲線を描いたそこには、青、黄色、緑、白の太い縞模様が描かれ、湯気で淡くかすみ、どこか地方の寂れた遊園地のようだと思う。

えびす湯
(銭湯マップ番号 33)
大きな浴槽、赤外線有、日替り薬湯、いつも清潔
東京都豊島区駒込7−15−9
03-3918-0258
営業時間 15:00〜25:00
定休日 月曜
えびす湯