断片日記

断片と告知

トンポーロ

夜買っておいた肉の塊を朝起きてすぐに煮る。1キロの豚肉の塊、にんにくとたまねぎ、を鍋に放り込み、ひたひたの水とともに煮て灰汁をとる。コンロの前に立つ私に、こんな日に煮込み料理なんて暑い、と母が怒り、でもいい匂いね、とつぶやいて鍋を覗く。朝から暑い夏の台所に、肉とにんにくの匂いが漂いはじめる。2時間半。柔らかくなった肉を冷まし、醤油、酒、にんにく、ショウガの汁に漬ける。汁に漬けたあと、さらに焼いて蒸すのだが、そのレシピをはぶく。以前、王子宅で食べたものがこの作り方だったから、あれが美味かったから、と真似をする。これは檀一雄の「壇流クッキング」の中に出てくる豚肉料理・トンポーロ、その王子版。
夜7時過ぎ、トンポーロと酒を抱えて、雑司ヶ谷の王子宅へ行く。缶ビールをあけ、切り分けられたトンポーロをつまむ。漬け汁の味がしみ込みうまい。が、これは檀一雄のトンポーロでもなく、以前食って美味いと思った王子のトンポーロでもなく、ただの美味しい叉焼だ。これはこれで美味いと思う。でも作りたかったトンポーロには程遠い。
檀一雄の書く大雑把なレシピ。細かい分量も時間も書かれておらず、作る前に読めば不安になるが、作り出せばその適当さが楽しくなる。何でも放り込んでやれ、煮てやれ、という檀一雄の大雑把さ豪快さにのるこの気分。ただ作り手にかかる裁量が大きすぎて、出来たものは人それぞれの味がする。そして作るたびに違うはず。誰が作っても同じ味になるレシピは正しい。だけどそうじゃないレシピも楽しい。