断片日記

断片と告知

あれがアートや:倉敷滞在3日目その2

8月11日。倉敷滞在3日目その2
売店で缶ビールを買い、直島上陸を祝って乾杯する。今日一杯目のビール。船着場の喫煙所で煙草を吸う王子の横で、瀬戸芸のTシャツを着たスタッフのおじさんも煙草を吸っている。このおじさんに、どこか安くて美味い昼飯屋は、と聞く。すぐそこの、と1軒の飯屋を教えてくれる。讃岐から取り寄せている讃岐うどんが美味いという。さらに、地中美術館は3時間半待ち、目当ての銭湯の営業時間は2時から、と教えてもらう。
飯の前に直島の町を少し歩く。船着場すぐ目の前の、小さな神社の横の路地から入り、この島に来た目的の、大竹伸朗の直島銭湯「I♥湯」を探しながら歩く。港のすぐそばのはずなのに、迷って大回りして辿り着く。島の普通の住宅街の中に、銭湯「I♥湯」は突然現われる。見た瞬間の、王子とわたしの口から出た素直な感想は、頭のおかしな人が建てた、電波系の、それもアッパー系の家、という身も蓋もないもの。見ているととても楽しい。でもそれはたぶん、大竹伸朗の造った銭湯だと知っているからだ。
銭湯の開店時間にはまだ間がある。その前に昼飯をとさっき教えてもらった店に行く。教わらなければたぶん入らなかっただろう、入るのに少しの勇気がいる、田舎のスナックのような佇まい。扉を開けると、いらっしゃい、と4人掛けの低いソファのテーブルに案内してくれる。カウンターに常連さんがひとり、カウンターの向こうにママさんとパパさんがいる。メニューを見る。美味いと言われた讃岐うどんは見当たらない。なので一番安いカレー800円と、生ビール500円を頼む。生ビールを飲んでいると、海老の天ぷら食べる、とママさんに聞かれサービスいいねと思いながら、いただきます、と答える。ビールを飲み、天ぷらを食べ、出てきたカレーを食べはじめたころ、この店を教えてくれた瀬戸芸スタッフのおじさんが自分の昼飯を食べにやってくる。こちらを見て、あれうどん食べてない、と言うので、メニューにない、と返すと、言わなきゃ出てこないよ、と怒られる。それならそうとはじめから言ってくれれば、と心の中で訴える。俺ここのソーメンが好きなんだよ、とそのおじさんは人にはうどんを薦めておきながらカウンターでソーメンを食べはじめる。そしてソーメンももちろんメニューにはない。
食べながら、ママさん、パパさん、スタッフのおじさんに、直島の話を聞く。禿山、禿山、と何度か同じ言葉が出てくる。宇野港から見えた直島の、木々がまばらに生えるあの荒涼とした景色のことだ。その昔、島にある金属精錬所から出たガスが木々を枯らしたという。今は豊島の産廃を直島に持ってきて処理しているという話も聞く。そしてベネッセが島に芸術を持ち込んでくる。金属、産廃、芸術と、この島は時代と共に不思議なものを受け入れる。
18年前、ベネッセがきたときから島は変わった。はじめは反対していた人もいたけど。今ではもう。この島から世界に向けて現代美術を発信している。すごいこと。直島がトップ中のトップ。直島ではなんでも芸術だから。来るもの拒まず。芸術はわからん。あんなもんキチガイ扱い。でもアートやから。あれがアートや。
島の人は銭湯に入るんですか?あんなもん、入らん、入らん。
天ぷらはサービスではなかったようで、昼飯2人分の会計は3000円だった。安くない。けれどここでしか聞けない話を聞けた。瀬戸芸のTシャツを着て働く人たちは、島の人たちももちろんいるが、香川県の失業者対策、ハローワークの募集で来た人たちも多いという。
続く。